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zoom RSS じゃがいもの話:じゃがいもと馬鈴薯/フライドポテトとフレンチフライの違いは?/台風コロッケって何?

<<   作成日時 : 2015/11/05 10:11   >>

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私は「じゃがいも」が好きでよく食べます。今、じゃがいもは和食から洋食まで幅広く使われています。このじゃがいもにからむ話も多い。今回はそのなかで私が興味を持った話題を取り上げてみました。じゃがいもの専門家でもないので、四方山話として楽しんでください。

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●じゃがいもはどこが原産地で、どうして日本に来たのだろう?

じゃがいもは、南米のアンデス山脈の標高4000m付近のところに自生していました。現地では食用としていました。じゃがいもは痩せた土地でも栽培ができます。

南米の種々のじゃがいも(ペルー)

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ヨーロッパにじゃがいもが伝来したのは、16世紀で、南米に遠征したスペイン人からでした。イギリスに16世紀後半に伝わりましたが、宮中の料理人が誤って毒のある葉と茎を調理したために、女王が食中毒を起こしてしまった話もあります。フランスでは「聖書に載っていない食べ物」という理由で食べるのを禁止することもあり、その伝来当初は、食品よりもその花を鑑賞するものとして扱われていました。その後、ドイツ、フランスなどで栽培がさかんになり、ヨーロッパ全体に広まっていきました。


きれいな「じゃがいもの花」

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日本へは16世紀末に、オランダ人が長崎の出島に持ち込みが始まりです。ジャワ(インドネシア)のジャガトラ港(現在のジャカルタ)から来たので、「ジャガタラ芋」と呼ばれ、それで「じゃがいも」になった言う説、またジャガトラ港の由来ではなく、当時のジャワはジャガトラと呼ばれていたからじゃがいもの説など、他にもいくつか説があります。日本でも当初は観葉植物としての扱われていました。始めの頃のじゃがいもは、とても淡白で日本人には好まれませんでした。食用としての普及は、寒冷地の北海道での本格的な栽培から始まりました。他の芋類として、さつまいもも、日本の南方の地域で主に栽培されるようになりました。

じゃがいもの伝来ルート

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●ドイツではどうして多く「じゃがいも」を食べるようになったのか?

ドイツ人はどうしてあんなにじゃがいもを食べるのでしょうか?じゃがいもは南米の原産であり、もしスペインが16世紀に、ヨーロッパに持ち帰らなかったら、ヨーロッパの食料事情は、とても困ったことになっていた可能性があります。したがって、ヨーロッパでじゃがいもを多く食べているようでも、実際には500年ほどの歴史しかないのです。じゃがいもが、ドイツで食べ物としてさかんになったのは、さらに遅く18世紀中頃で、まだ200年ほどしか歴史がない。

プロイセン王国では、三十年戦争により国が荒廃し飢饉が頻発しました。当時のプロイセン王であるフリードリヒ二世は、当時の食糧難から、1756年に「じゃがいも令」を公布し、国民にじゃがいもの栽培を奨励しました。その頃、欧州では三十年戦争による国の荒廃だけでなく、さらに、小氷河期の寒さが到来して、国民は飢餓状態でした。でも、じゃがいもは「寒さに強い」「踏まれても大丈夫」「収穫時期に柔軟性がある」、「収穫量は小麦の3倍」との利点があり、しだいに強国になりつつあったプロイセンにとってはまさに時世に合った作物でした。これにより、1778年頃に起こった「バイエルン継承戦争」は、別名「じゃがいも戦争」と呼ばれ、両軍の兵士が双方の領地からじゃがいもを奪い合ったと言われる戦争でした。これにより、じゃがいもは今のドイツ地域では当時、既に普遍的な作物として普及していたことがうかがえます。

「じゃがいも」令を出したプロイセンの「フリードリッヒ2世」

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ドイツだけでなく、フランスへもじゃがいもは広まりました。フランスでは、プロイセンよりも、じゃがいもの普及はやや遅れて広まりました。七年戦争(1756年-1763年)で、フランスの従軍薬剤師アントワーヌ・パルマンティエはプロイセン軍の捕虜なってしまったのですが、不幸中の幸いと言うべきか、プロイセンで初めてじゃがいもが食品として良い点が多いことを知りました。このパルマンティエが、戦後フランスに帰って、プロイセンで知った、じゃがいもを、当時のフランス王「ルイ16世」と「マリー・アントワネット」にじゃがいもの花を献上したのです。このことで、貴族の間にじゃがいもが広まり、その栽培が始まり出しました。そして農民の間でもじゃがいもが普及しました。その後、ナポレオンのヨーロッパ支配とともに、じゃがいもが広くヨーロッパに普及したのです。

貴婦人のかざりものにもなった「じゃがいもの花」

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●「じゃがいも」の名前のいろいろ

★「じゃがいも」と「馬鈴薯」は違うのか?

じゃがいもを「馬鈴薯」(ばれいしょ)とも呼びます。中国でのじゃがいもの呼び名のひとつと、この漢字が同じです。18世紀、日本人の「小野蘭山」が命名したといわれ、中国名をそのままにしたのか、別途、付けた名前がたまたま中国名と同じだったか、はっきりはしていません。また、じゃがいもの形状が、馬につける鈴に似ているということから、「馬鈴薯」になったという話もあります。他にも説があります。地方名として、「きんかいも」(「きんか」=金柑で、禿げのこと)などの呼び方もあります。また、年に2-3回、収穫できることから「二度芋」、「三度芋」とも呼ばれます。さらに、「南京イモ」とか、「ごしょいも」と呼ばれることもあります。

★英語のPotatoの由来

英語の"potato"はどこからこう呼ばれたのだろう。南米、タイノ族の言語でサツマイモのことを"batata"と呼んでいましたが、スペインに伝わってからスペイン語の"patata"に変化しました。また、じゃがいもの原産地では、古い言語のケチュア語で、"papa"とも言っていました。"batata"がスペイン語で"patata"に変化したのはこの"papa"の影響によるらしい。"Papa"はローマ法皇を意味する言葉と同じであったので、具合が悪く、"Patata"に変遷したともいわれます。これが英語では"Potato"になりました。

★「男爵」の名前はある男爵から

日本のじゃがいもの中に、「男爵」と呼ばれるものがあります。生産は多く、じゃがいも生産高の約60%あります。「男爵」の始まりは、1908年(明治41年)に函館ドックの専務取締役の「川田龍吉男爵」が、イギリスのサットン商会から購入した「アイリッシュ・コブラー」という品種でしたが、これがとても広がり、後に川田男爵にちなんで「男爵芋」と呼ばれるようになりました。この川田男爵は、新しいもの好きで、農場ではドイツ製の化学肥料や、アメリカ製の農機具をなど最新式のものを使っていて、函館の近くの北斗市にある「男爵記念館」に、現在それらは展示されています。

じゃがいも:「男爵」と「メークイーン」

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★「メークイン」は女王から

「男爵薯」も生産量は多いのですが、双璧は2大品種と言われる「メークイン」です。その名前はヨーロッパでの[May-Queen]からの由来で、花の女神である、「フローラ祭り」に村の若い女性から女王(クイーン)を選んだことに由来します。この品種は、日本に1917年(大正6)にイギリスから入り、昭和30年代になると、関西方面で人気が出て、それが全国に知られるようになりました。形は長卵型で、表面の目の数が少なくて浅い特徴から、皮をむきやすいという長所があります。肉質は黄白色のきめ細かい粘質であり、煮くずれしにくく、煮ものや、シチュー、カレーライスなどの煮こみ料理に使われています。

●フライドポテト、フレンチフライ、ポテトチップスの違いは? フライドポテトは和製英語?

皆さんはファーストフードの店に入ると、ハンバーガーなどと一緒に、「フライトポテト」を注文することがありますね。フライドポテト(Fried potato)とは、ジャガイモを、細長く食べやすい大きさに切って、油で揚げた料理で、ファーストフード店の定番です。また、じゃがいもを薄く、丸っこく切って揚げたものには「ポテトチップス」もあります。アメリカに行くとフライドポテトは「フレンチフライ」と呼んでいます。イギリスでは「フィッシュアンドチップス」という有名な料理があり、これもファーストフード店の定番で、フライドポテトのことはイギリスでは「チップス」と呼んでいます。日本人にとって、これらの呼び方の違いは、欧米などの外国に行くと、話の中で、誤解、勘違いが生じることがあります。

アメリカのフレンチフライ

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実は日本で思っている「フライドポテト」は、じゃがいもを揚げたもの全般を指していて、さまざまな料理があります。したがって、ある意味、日本人が頭に描くフライドポテトは和製英語とも言えます。

ではいわゆる日本でいう、いわゆるフライドポテトはどこで出来たのでしょうか?それはベルギーで、ベルギーのフリッツ(Friet)という人が最初に売り出したそうです。昔からベルギーでは小魚をフライにする料理がありました。しかし小魚が次第にとれなくなったため、思いついたのが、じゃがいもを小魚のように細く切って代わりの料理としたのが、ベルギーで生まれたフライドポテトです。

では日本のいわゆる「フライドポテト」は各国ではどう呼ばれているのでしょうか?

イギリス:Chips(チップス)ーー> フィッシュアンドチップスのチップスは日本でのフライドポテトです。 

アメリカ:French fries(フレンチ フライ)   

カナダ :French fries(フレンチ フライ)   

日本:Fried Potatoes(フライド ポテト)ーー>米/英などでこれのことを英語で話すときは注意! 

イギリス名物「フィッシュアンドチップス」

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ではなぜ、アメリカでは「フレンチフライ」というのでしょうか。

・第一次大戦中に、米兵がこの料理を初めて食べた時、作ったベルギー人がフランス語が達者だったため、フランス料理と勘違いしてしまい、細長く揚げたポテトを、その後"フレンチフライ(French fries)"として呼んで広まった。

・大戦中、ベルギーで戦った英米の戦士が、フランス語圏のベルギーでこれを始めて食べ、フレンチフライと呼ぶようになった。

・ベルギーからアメリカへの移住者が、フライドポテトを持ち込んだ。ベルギー人はフランス語を話すことから、フランス人と間違われ、フレンチフライとなった。

さて、時たま、「フライドポテト」と「ポテトチップス」を混同して話している人がいます。ポテトチップス (potato chips)は、じゃがいもを薄切り、丸っこくして、油で揚げたものです。塩や香辛料で味付けしてスナック菓子として市販されています。これはポテトチップスあるいは、イギリスでは「クリスプス」 (Crisps) とも呼ばれます。イギリスで「チップス」はフライドポテトのことで、日本より形状が太い感じです。フレンチフライ(French fries)もポテトチップス(Potato chips)も1本だけで供されることはないので、英語では通常は複数形で表します。

イギリスのクリスプス(Krisps)はポテトチップス

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★「肉じゃが」は海軍の東郷元帥がビーフシチューから思いついた。

明治時代の有名な帝国海軍の東郷平八郎元帥は、「肉じゃが」を考案したと言われます。東郷平八郎海軍中将(当時)は、舞鶴鎮守府の初代鎮守府長官に着任しました。東郷は、イギリス留学時代に食べたビーフシチューの味が忘れられず、部下に「ビーフシチューをつくれ」と命じました。しかし、ビーフシチューのことを知らなかった料理「長が、 デミグラスソースの代わりに醤油と砂糖を用いてなんとかつくりあげたのが、「肉じゃが」だったのです。これが意外と受けて、海軍の艦上食となりました。日本海軍では、航海中の海軍兵の脚気を防ぐため、栄養のバランスを考えて、英国海軍の艦上食をモデルに食事を改善しました。横須賀の「海軍カレー」などもそうですね。これにより長期航海でも元気な水兵により、日本海軍が強くなった遠因とも言われます。

こんないきさつから、平成7年に、舞鶴の市民有志が「まいづる肉じゃがまつり実行委員会」を結成し、「まいづる肉じゃがまつり」を開催するようになりました。舞鶴は「肉じゃが発祥の地」を宣言し、「肉じゃが祭り」で肉じゃがを市民に提供するようなイベントとなりました。平成10年5月、舞鶴市と英国ポーツマス市との姉妹都市が提携されました。これは東郷元帥が、イギリスのポーツマスへ留学したことが、舞鶴での「肉じゃが」発祥のきっかけとなった縁から、姉妹都市の提携となったものです。

「舞鶴肉じゃが祭り」は「東郷元帥」にゆかりがある。

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●コロッケはフランス料理から

★「コロッケ」はどうしてできたのか?

コロッケ」は、フランス料理の前菜の一つである「クロケット"croquette"ーいわゆるクリームコロッケが元と言われます。明治維新になり、いろいろな西洋料理が日本へ伝えられました。フランス料理では主に前菜がクロケットでした。またフランス以外にも、ヨーロッパ各地には、コロッケに似たものがありました。クロケットがなまって「コロッケ」になったようです。

コロッケの誕生には諸説あります。大阪の肉屋が、初めてじゃがいものコロッケを売り出した。銀座の資生堂パーラーで料理の一部として提供されたのが初めてなどの説です。

さて、日本のコロッケはじゃがいもが主流ですが、ヨーロッパではクリームコロッケが主流です。しかし、じゃがいものコロッケは、昔からヨーロッパにもありました。明治時代より以前から、フランス、イギリスともに、じゃがいもが入ったコロッケはあり、料理の本も残っています。クリームコロッケも、種類は豊富で、カニ、エビ、チキンなどを入れ、それにマッシュルームやタマネギなどを加えものもありました。日本でも、最近、コロッケには、野菜コロッケ、エビコロッケ、パンプキン・コロッケ、カレーコロッケなど様々なものが出てきました。

おいしそうな「コロッケ」
 
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★台風コロッケって知っている?

台風コロッケ」って知っていますか?台風コロッケとは台風が接近してきたときに、あまり買い物にも行けず、冷凍保存などの在庫から食べるコロッケのことです。それは、2001年の台風第11号からと言われます。2001年の8月に「2ちゃんねる」の「(台風)上陸秒読み実況スレッド」に、台風第11号が接近した時に、「念のため、コロッケを16個買ってきました。もう3個食べてしまいました。」と書き込まれました。これに対して、スレッドに次々と「コロッケを食べたい」との書き込みがあり盛り上がってしまい、それ以来「台風が来る日=コロッケを食べる日」という観念のようなものが、特に若い世代中心に広まってしまったのです。また、台風が接近した時のコロッケの用意の仕方も、実際にコロッケを買ってくる、冷凍のコロッケにする、外に出れないので、由来に合わせて、コロッケをその日に手作りするのパターンに分かれるそうです。台風コロッケが、日本の文化のようになる日がやってくるかも知れませんね。どうでもいいような話ですが、意外とこうしたことから習慣って生まれてくるものです。

台風コロッケ

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テレビで、下町のおいしいと言われるコロッケを食べるのを見ていたら、「そういえば、じゃがいもって他の国から入ってきた食べ物なのに、随分いろいろな料理に使われているな」と思い、じゃがいも関係のことをまとめてみました。ここでは、専門的なじゃがいもそのものについてや、料理レシピではなく、面白そうな話題にしました。ヨーロッパを始め、日本でも、食糧難の時代があり、じゃがいもが人々を救ってきました。じゃがいもがなかったら、今より相当な数の人口が減っていたらしい。じゃがいもに感謝ですね!

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ジャガイモにまつわるいろいろな話楽しく読ませていただきました。昔ジャガイモの花を見たことがありますが、愛らしくきれいだなと感じましたが、やはり観葉植物として扱われていた時代もあったんですね。世界的に人気のあるジャガイモ、特に主張する味でもないので、どんな料理にも向くのが愛される理由なんでしょうね、それに栽培がそれほど難しくなく、保存も簡単なのでこれからもっと品種改良されていろいろな品種ができていくかもしれません、楽しみです。私にとってジャガイモのない生活は考えられないです、これからもジャガイモに感謝しつつ食べ続けたいです。
Anne
2015/11/06 21:03
確かに、じゃがいもはいろいろに使えて便利ですね。痩せた土地でも栽培でき、こんな便利な食べ物が南米より伝来されなかったら世界中はどうなっていたでしょうか?
フライドポテトも、かって私が英語での呼び方に勘違いしていたことに気づいて、その時に調べてわかり、どこかで関連記事を書こうかと思っていました。ベルギーが発祥の地とは意外と知らない人も多いのではないかと思います。
じゃがいもの料理には、まだまだ思わぬものがあるはずです。かくれたレシピがあればネットで公開してほしいですね。
Jack
2015/11/09 16:48

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