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zoom RSS 「天ぷら」は誰が名付けたか?:天ぷら、薩摩揚げ、はんぺんはどう違う?

<<   作成日時 : 2012/11/23 16:27   >>

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私は「天ぷら」が好きで、良く食べます。少し前に築地に行って、昼食に行列を並んで海老の天丼を食べました。その海老の天ぷらの大きかったこと、丼をはるかにはみ出していました。この「天ぷら」の名前、衣で包んで油で揚げてあるモノにしては、「天」とか「ぷら」は変と思いませんか?また西日本では東京で「さつま揚げ」のようなものを「天ぷら」と言っています。そのような魚の練り物を東海地方では「はんぺん」と言いますが、東京では白いふわふわの練り物のことを「はんぺん」と言っています。さてこれらはどんな関係があるのでしょうか?私はこの練り物も大好きでよく食べています。今回は「天ぷら」のことと、西日本で言う「天ぷら」と「はんぺん」の紛らわしい関係についての話です。

●天ぷらはだれが名付けたか?

ではあの衣で魚や野菜を油で揚げたものを何故「天ぷら」(天麩羅)と呼ぶようになったのでしょうか?

戦国時代後半、日本に来たスペイン人やポルトガル人はお菓子でも料理でも衣を付けたものを「テンペラ」と呼んでいたそうです。またポルトガル語の「調理・調味料」を意味するテンぺロ/temperoが「てんぷら」へとなまったものと言われます。違う説では、スペイン語で、肉を用いない精進料理で、寺院を意味する「テンプロ/templo」からてんぷらになったとの話もあります。キリシタン宣教師によって伝えられた南蛮料理のひとつで,たまねぎやとうがらしを油でいためて,鴨や鶏などをとろ火で煮熟したものを「てんぷら」と呼んでいたので、これからきたとの説もあります。さらに、キリスト教では金曜日の祭(キリスト処刑の日)の行事のことを、「斎日」を意味するポルトガル語でテンポラス /temporas(天上の日のこと)」といい、この日には鳥・獣類の肉は食さず、替わりに魚の揚物を食べていました。そこでこの日に食べる魚の揚げ料理のことを「テンプラ」と言うようになり、それが日本にも伝わったという話もあります。

以上ような外国の言葉から転じて、「天ぷら」になったとの話とは別に、日本国内で漢字で「天麩羅」と呼ばれるようになった由縁があります。

てんぷらを「天麩羅」と漢字の表記するのはいつ始まったのでしょうか?「天麩羅」との漢字表記が始まったのは江戸後期〜幕末のことでした。戯曲作家として著名だった山東京伝(さんとうきょうでん)が、上方(関西)から芸妓と駆け落ちしてきた男が、江戸で揚げ物の開店するにあたり、この漢字表記を勧めたと言われます。大阪には魚を油で揚げた「つけあげ」というものがその当時ありましたが、江戸では、相当のものがないようなので、これを店でやってみたいと思いました。ただ「魚の揚げ物」では江戸では受けないと思い、「何かいい名前ないですか」とこの男は京伝に相談しました。そこで京伝は、どこから来たとも知れぬ男(駆け落ちした者)だから、天竺浪人とも言えるので、「」をもってきて、さらに「」は衣の小麦粉のこと、「」は衣が羅(うすぎぬ)のような感じであることから、「天麩羅」と京伝がシャレで付けたといわれます。京伝はもちろん以前から揚げ物の「テンプラ」の名前を知っており、これにふざけて漢字の名前を付けた話が面白いと、世間で評判になって広まりました。これが現在でも「天ぷら」を「天麩羅」と書く由縁です。

山東京伝は天麩羅と漢字の名前を付けた。

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天ぷら」とは当初、外国から九州・沖縄方面に入ってきた油料理の総称であったようで、その後、以前から日本にあった油料理も含めた名称となりました。江戸では魚介類を原材料としたものを「天ぷら」と呼んでいたので、江戸時代に西日本から伝わった魚のすり身を揚げたものは「薩摩揚げ」と呼び、野菜類を揚げたものを「精進揚げ」(しょうじんあげ、しょうじあげ)として区別していました。

この揚げ物の「天ぷら」の形が出来上がったのは江戸時代の前期でした。江戸では「天ぷら屋」と呼ばれる屋台において、串にさした揚げたての「天ぷら」を立ち食いする庶民の食べ物でした。屋台ではなく店として、「天ぷら店」構えるようになったのは幕末近くでした。

江戸の天麩羅の屋台

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江戸から大阪に「天ぷら」が伝わるのは明治であり、大正時代の関東大震災の影響で、東京で職を失った天ぷら職人が各地に移り、江戸前の「天ぷら」を広めることとなったのです。

さてよく、徳川家康は「天ぷら」を食べて死んだと言われます。本当でしょうか?その死因は諸説があり、その一つとして、タイの「天麩羅」(胡麻揚)による食中毒で死亡したという説があります。「天ぷら」を食べたのが1月初めの夕食で、亡くなったのは4月だというのが少しおかしい。食中毒にしては日数がかかり過ぎており、どうも胃癌か何かだったのではないかというのが一般的な見方です。当時75歳の年齢からして、油っこい食品はそんなに食べてなかったのではと思われます。

徳川家康は天麩羅を食べ過ぎて死んだ?

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「天ぷら」を無性に食べたいような時があります。「てんぷらの日」というのがあって、7月22日の「大暑の日」になっており、暑さに負けないように、「天ぷら」を食べて体力をつけようという日だそうです。「天ぷら」もいろいろな食べ方があり、白飯にのせ、タレをかけた「天丼」、蕎麦やうどんにのせた「天ぷら蕎麦」・「天ぷらうどん」、ざる蕎麦・せいろ蕎麦に添えた「天ざる」・「天せいろ」などあります

海老、野菜の天麩羅

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天丼にはたいてい海老の天麩羅が乗っている。

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●西日本での「天ぷら」、「さつま揚げ」、「はんぺん」はどんな区別をしているのか?

私はいわゆる「練り物」が好きで、良く食べています。蒲鉾、はんぺん、さつま揚げ、ちくわなどで、だいたい、おでんに入っているものですね。地方により味やその形、中身が様々あり、全国のものを食べていると面白い。この「練り物」の呼び方、どうも東日本と西日本が違うようです。「おでん」も関西では東京のおでんのことを「関東煮」(かんとうだき)と言っています。おでんはもともと、串に刺した豆腐のみそ焼でした。ちょうど、串刺しになった豆腐の形が1本の竹馬で跳ねて踊る「田楽舞」に似ていることから「田楽」となり、さらに「お田」(おでん)となりました。江戸の町には屋台として、おでん屋に他にも、天ぷら屋、すし屋、そば屋などの屋台が並んでいたそうです。そして、このおでんが大阪に伝って、「関東煮」という呼び名で、 それまで大阪の「味噌おでん」と区別されたといわれます。

おでん:練り物の他にも野菜、豆腐など煮込んである。

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魚や野菜を衣であげたものを「天ぷら」と関東では呼んでいましたが、関西では揚げた練り物(関東でのさつま揚げ)も「天ぷら」といい、「天ぷら」は二つを意味しています。普通の「天ぷら」と「さつま揚げ」の「天ぷら」とどうやって区別しているかなと思います。どうも特別な区分はないようです。

では「練り物類」の呼び方は地方によりどう違うのでしょうか?

関東で言う「薩摩揚げ」(さつまあげ)は、魚肉のすり身を成型し、油で揚げた魚肉練り製品であり、「揚げかまぼこ」に分類されます。昔、薩摩出身者が江戸へ出て広めた郷土料理から「薩摩揚げ」と呼ばれた由来があります。「薩摩揚げ」は東日本での呼び名で西日本では、てんぷら、はんぺん、つけあげ、沖縄地方では、「チキアギー」など呼ばれます。実は薩摩揚は琉球伝来という説があって、沖縄の「チキアギー」が薩摩に伝わり「つけ揚げ」になり、薩摩から他所にでて、特に関東では「薩摩揚げ」と呼ばれるようになったという話もあります。上述のように、「薩摩揚げ」の地元、鹿児島では薩摩揚げは「つけ揚げ」と呼んでいます。大阪では主に「天ぷら」で、白魚で作った白いものは「白てん」です。

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関東で「はんぺん」と言われるものがあります。白くてふわふわした柔らかい練り物のことです。これは白身魚のすり身を、混ぜて、山芋・卵白などを加えてさらに細かい空気を含ませて、ゆでて作ったもです。名古屋あたりではこのような「はんぺん」はあまり見かけないそうです。ところが、名古屋、東海地方では「はんぺん」とは、関東で「さつま揚げ」のこと意味しています。白身魚のはんぺんは「白はんぺん」と呼び関東のいわゆるはんぺんとは違います。イワシなどの色のついた魚で加工した黒っぽいものを「黒はんぺん」といいます。焼津には有名な「黒はんぺん」があり、私の好物の一つです。また関東特有のものに「竹輪麩」(ちくわぶ)があり、西日本ではあまり見かけないそうです。仙台では「揚げ蒲鉾」があり「カステラ蒲鉾」もあります。また私は四国、愛媛の「じゃこ天」が好きです。全国にはまだまだ面白い練り物類があり、私は旅行にゆくと、たいていこうしたものをお土産に買ってきます。

はんぺん:関東ではこれですが、東海地方では練り物全体の総称

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白はんぺん:東海地方の一部で見られる。油っこくなく、あっさりして美味しい。

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焼津、静岡の名物の黒はんぺん。最近では関東などでも売っている。白はんぺんより味が濃い。

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四国、愛媛のじゃこ天:黒はんぺんに似ているが、噛むと歯ごたえがあり、じわーと味が出てくる。

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仙台の揚げ蒲鉾

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天ぷら」と何気なく言って食べていましたが、その名前にはいろいろないきさつがあったのですね。ポルトガルの油料理から独自に日本で発展して、今ではすっかり日本料理の代表格になりました。ポルトガルでも「天ぷら」は日本料理として認知しているようです。練り物類は私の好物のため、全国の美味しいものを大体食べています。上の写真のものはよく食べているものの例です。練り物は意外と栄養があって、海に囲まれた日本としては放せない食べ物です。この手の食品は外国には少なく、外国人、特に欧米人には食べにくいものと聞きます。しかし、ソーセージ、ハンバーグも練り物の一種のようで、料理でもおでんに似たポトフもありますね。さあ今日も、お酒の肴には練り物しようかな!

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
今頃この季節になると、食卓にのる回数が増えて来ます、タイミングの良い話題ですね。日ごろから、天麩羅、天ぷら、さつま揚げの区別をどうやってつけるのか迷っていましたが、今日解明しました。天麩羅は練り物でない事ははっきりしました。天ぷら、さつま揚げは、いわゆる同じ練り物ですので区別しにくいですね、地方によって呼ぶ名が違うのはわかっていましたが、お土産として購入して、人に差し上げる時いつも困っていました、最近は皆さんご存知のようですね。これからも栄養があり、手軽な練り物を楽しみたいです。四国のじゃこ天、竹輪は我が家でも好物です。
Anne
2012/11/23 22:02
Anneさん
食べ物の名前は地方によってずいぶんと呼び方が違いますね。大阪へ行って、天ぷらの話をしていたら、途中でどうも話が合わないのに気がつき、そのときから、ブログに書いたようなことを気にかけていました。練り物が好きになったのは、海の近くで育って、近くに、練り物屋があり、そこのものを、オヤツがわりにいつも貰っていたからかもしれません。
天麩羅も揚げ方などで、店によってずいぶん違いますね。専門の店に入って、いい調子でカウンターで注文したら、万単位で取られたことが有りました。やはり家で作るのが私には合っています。
Jack
2012/11/24 16:15

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