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zoom RSS ステンカラーのコートって外国では通じない!コーデュロイは王様の服のだったー服の面白話

<<   作成日時 : 2012/02/26 19:48   >>

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最近NHKの朝のドラマ「カーネション」では、1960年代のファッションについての話が時々あります。IVYルックなどもそれで、この1960年代は、ファッションはもちろん、音楽もプレスリーからビートルズ、日本のグループサウンズと一世を風靡したものがとても多い時代です。1964年にはオリンピックが東京で開催され、新幹線が開通しています。最近の映画「三丁目の夕日1964」もこの年だし、昨年のジブリ映画「コクリコ坂」は1963年の横浜が舞台でした。朝ドラで久しぶりに聞いた「IVYルック」からの連想で、男性では定番のステンカラーのコートを思い出しました。そこで今回は服装と生地のちょっと面白い話をしましょう。

<ステンカラーのコートって外国では通じない>

ある冬の時、日本に来ていたイギリス人に、イギリスでも「ステンカラー」のコートを着ているのですか?と尋ねました。そうしたらその人はキョトンとしていて、それなんのことと言うので、襟の形とコートを必死に何回か説明して、ようやく判ってくれました。そうしたら彼は"It's stand-fall collar"と言ったのです。え!「ステンカラー」では通じないの?と思い、後で調べたら、確かに「「ステンカラー」」は和製英語で、正しくは"stand-fall collarかturn-over collar"と言うとのことでした。この呼び方はまだ他にもいくつかあるらしい。

ステンカラーのコート」と言えば、たいていの大人の男性が1着は持っている定番のコートです。 第1ボタンをはずしても掛けても着られるようになっている、二重衿のシンプルな感じのコートです。イメージとしては、「刑事コロンボ」がいつも着ていた、よれよれのコートが「ステンカラー」です。スタンド(立って)、フォール(落ちている)している衿(えり)ということです。ステンカラーは和製英語であり、「ステン」は"stand"が「ステン」に聞こえるので、なまって日本語化したものとされています。また「ステン」にはフランス語の「スーティアンコールス」からとの説もある。ステンカラー(soutien(仏)+collar(英))と書き、16世紀後半〜17世紀前半にフランスで用いられた衿で、「スーティイン」は襟に用いた針金の枠を意味するようです。また「バル(bal)カラーコート」(collar coat)とも呼ばれています。スコットランド・インバーネス近郊で似たようなコートがあり、その地名をとって「バルマカーンコート」などとも呼ばれています。さらには襟が変更出来ることから、"Compatible collar coat"たぐいの一つとの呼び方もあるらしい。その後一時はトレンチコート(ダブルのベルト付きコート)に主役の座を奪われるが、また復活して、今ではすっかり男性のコートの一部として定着しており、ちょっとした男性なら、たいていはこの襟のコートを持っています。トレンチコートは着こなしがむつかしく、映画「カサブランカ」のハンフリーボガードが似たようなコートを着ていましたが、なかなか皆に似合うにはむつかしく、結局シンプルで誰にも合う、「ステンカラーのコート」が定着したのです。

ステンカラーのコート

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さてステンカラーに関係あるので、NHK朝ドラで今話題になっている男性の「IVY look」のファッションについてちょっと触れておきます。このファッションはアメリカ東海岸ニューイングランドの有名大学の「アイビーリーグ」で60年代に流行した服のスタイルです。日本には"VAN"の創始者である「石津謙介氏」がこのファッションを紹介して一時大変なブームでした。アイビールックのアイビーはアメリカ東部の有名8大学(エ−ル、ブラウン、コロンビア、コ−ネル、ダ−トマス、ペンシルバニア、プリンストン、ハーバード)で構成されるアメリカンフットボールリーグの名称のアイビーリーグからきています。"IVY"とは「蔦」(つた)の意味で、「つたのからまる古くからある伝統校」のことでもあります。アイビーリーグの若者たちが着た服装を「アイビールック」と呼んで、1960年代には日本でも大変な流行となりました。アイビールックの若者が銀座のみゆき通りを中心に集まったので、「みゆき族」とも呼ばれました。アイビールックの特徴は広めのボタン幅で3つボタンと襟が上述のステンカラーのブレザー、ストライプ模様のネクタイ、細身のストレートなパンツ、ボタンダウンシャツなどで、どちらかと言えばアイビーリーガーが着ているだけあって、品のあるカジュアルスタイルでした。ブレザーには特徴のあるエンブレムを付けることもありました。雨の日の傘はこれまたとても細いものでした。

IVYルックのブレザー

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NHKの朝ドラで、今まさにこの時代をやっている糸子の次女「直子」は、コシノジュンコさんがモデルです。昭和39年(1964年)の東京オリンピックの頃には石津謙介氏のVANは青山に店を構えて成功をしています。そして昭和41年(1966年)にはコシノジュンコさんが「コレット」というブティックを青山に出しました。VANとコレットが青山通りを牽引し若者のファッションの中心的な存在になりました。コシノジュンコさんはこの頃流行ってきたグループサウンズの「タイガース」などの衣装デザインも関わっていたらしい。当時の男性の雑誌「平凡パンチ」や「プレイボーイ」ではこれらIVYルックをよく取り上げていました。

テレビドラマもこういった知識をもって見ていると、違う興味が湧き、なるほどと思うことがあります。

IVYルックを紹介したVANの創始者・石津謙介氏

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<コーデュロイは王様の服だった>

冬になると、私はよく「「コーデュロイ」」のズボンを履いています。これが軽くてとても暖かく、肌触りが良い。縦の凸凹の線(畝)が生地にあり、触ると動物の毛のようにふさふさしています。この「コーデュロイ」は日本では「コール天」とも呼ばれています。さて「コーデュロイ」とのネーミングはフランスからでした。フランスではなんと「王様の畝(服)」のという意味でした。フランスの最盛期、太陽王ルイ14世(1638〜1715年)が、庭仕事をする召使いの制服としてコーデュロイを用いたことが始まりでした。王様が用いたものなので"Corde-du-Roi"(Roi:畝Corde:王:Roi-王様の畝:畝は生地独特の凸凹)と呼ばれ,さらに"CORDUROY"と呼ばれるようになりました。ルイ14世の戴冠式には、南フランスの織物業者がコーデュロイを献上したと言われています。そして1760年に始まった産業革命によって大量生産が可能になり、コーデュロイはその後ヨーロッパ中に拡大、定着して行きました。

では日本語の「コール天」はどこから来たのでしょう? “コール”は上述のにあるように「畝」であり、“天”はビロード(パイル織物)の漢字で表記の「天鵝絨」(てんがじゅう)の“天”だと言われています。日本では江戸時代の終わり頃に、静岡県、福田の「寺田彦左衛門」という人が一般的な織物技術をに広めました。そして明治26年(1893年)に、浅草で鼻緒の需要が大きいことからコール天の製造が開始されました。この浅草の鼻緒問屋に、当時の磐田郡福田町の出身者が従事していたことから、明治29年に静岡県の西部の福田町でコール天の生産を始めました。明治の中頃には寺田家の人達が輸入のコール天生地を参考見本にしながら研究し、「寺田秀次郎」という人がコール天用の織機を開発してから、福田町はコール天の一大産地になったのです。

さて良く、「別珍、コール天」と言われます。「コール天」はわかりましたが、「別珍(べっちん)」とはなんでしょうか? べっちんは、布全面が短いパイル(Pile:綿毛・けば)で覆われた織物であり、パイルの立つ位置は、一様に分散しているので、生地にコーデュロイのような畝はありません。では「別珍」の名前はどこから来たのでしょうか。実は別珍の元は"velveteen"と呼ばれるものです。それは、まるでベルベット(ビロード、天鵞絨)のようですが、綿製品ということで、Velveteenと名付けられた生地でした。ベルベッティーンはいつしか日本では「べっちん:別珍」と呼ばれるようになり、当て字の「別珍」も一般的になったのです。ベルベット、ベルベッティーンはパイル織物と呼ばれて、上記コーデュロイと同じく横糸が輪状になっています。したがってコーデュロイ、ベルベッティーン(別珍)は同類のような製品と言えるでしょう。

コール天(コーデュロイ)のズボン

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別珍生地の女性服

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私の知り合いに静岡県、磐田市福田の人がいます。浜松から東へ天竜川を渡ると、磐田市があり、その中に福田があります。聞くところによると、この福田("ふくで"と読む)は日本の別珍、コール天の95%を生産しているとのことであり、日本は世界一のこの生地の生産国なので、福田(ふくで)はこの生地生産の世界一の町です。日本では繊維産業は斜陽気味であり、中国などへ海外へ多くの生産が移っている現状では、日本に於ける貴重な世界一のものと言えましょう。

静岡県福田の別珍・コール天の三角屋根の工場

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光沢を帯びて、暖かく、なめらかな肌触りのこの別珍、コール天、せっかくの世界一を守るようにもっと着たいものですね。

<丹前はあるお風呂屋へ行く着物が始まりだった>

さて洋風の服や生地のことを書いたので、日本の服も書いておきます。冬になると皆さんはコート、ジャンパーの類を着て防寒していることでしょう。今年の冬は何十年ぶりかの寒さと降雪だそうです。昨年郷里の行ったときに、昔来ていた「ちゃんちゃんこ」をいくつか見つけて、持ち帰ってきました。今年の冬が寒かったので、家にいるときによく「ちゃんちゃんこ」を着ています。「ちゃんちゃんこ」とは袖がない羽織で、なかに綿が入っており、着物の模様で作ってあります。最近は市販品もあり、従来のスタイルにとらわれない面白いものもあります。ところで「ちゃんちゃんこ」に似ているもので「丹前」があります。暖かい綿を入れた防寒用のものもあります。この「丹前」、名前が着物にしては少し変だとは思いませんか?丹と前とはどこから持ってきた名前でしょうか。これには江戸時代からの由来が有りました。

江戸時代の初期の頃、江戸には湯女風呂(いわゆる今のヘルスのようなもの?)が流行っていました。そして神田の掘丹後守の屋敷の前にあった「丹前風呂」という名の湯女風呂では、そこに来る伊達男(だておとこ:遊び人)の間では、風呂の行き帰りに羽織る派手で奇抜な着物が流行しました。それで丹後守の屋敷前の風呂屋で流行った服だから、「丹前」と呼ぶようになりました。しかしどうしてそんな奇抜な着物が流行ったのでしょうか。実はこの「丹前風呂」には、みんなのあこがれのような看板湯女がいました。その湯女はちょっと変わった格好のものが好きだったので、その女の気を引こうと、男連中が奇抜な格好を競い合ったらしい。したがって今の丹前とはかなりイメージが違うものでした。しかし次第に今の丹前に落ち着いてきました。

丹前」や「ちゃんちゃんこ」のことを書いてきましたが、時々、これに関連して今まで思っていた疑問があります。それは、「ちゃんちゃんこ」と「半纏:はんてん」、「丹前」、「どてら」の違いはなんだろう?というものです。温泉旅館に行くとたいてい「ゆかた」に「丹前」が置いてあり、さらに「半纏」があるところもあります。また「半纏」に袖がないものも置いてあるところもあります。そこで整理して覚えておくことにしました。

・ちゃんちゃんこ
袖なし羽織で綿入れが多く、丈が短い。派手な模様のものもある。防寒用。

・丹前
大きめに作ってあり、綿を厚く入れた広袖の着物、綿無しのものもある。防寒・寝具用。
主に男性が用いるが女性用もある。丈が短いものと長いものがある。

・褞袍(どてら)
「丹前」と同様の着物に「どてら」がありますが、「綿入の丹前」のことを指します。同じ物を、関西では「丹前(たんぜん)」、関東で「褞袍(どてら)」と呼びます。関西では綿が入っていないのも「丹前」と呼びます。関東においての丹前と褞袍(どてら)の違いは、「褞袍」のほうが丹前より大ぶりで、厚綿入れに仕立ててあります

・はんてん (半纏・半天・袢纏)
羽織に似ているが、わきに待ちがない、丈の短い上着用の着物。胸ひもをつけず、襟を折り返さないで着るもの。仕事着・防寒着にする。印(しるし)半纏・蝙蝠(こうもり)半纏・ねんねこ半纏などいろいろある。昔の火消しの半纏もある。

綿入りのちゃんちゃんこ

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丹前

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火消し(消防)の半纏

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ちゃんちゃんこ」はこの冬は寒く特に愛用していますが、「丹前」は、今では温泉旅館くらいしか私には着る機会がないですね。家の中では厚手の洋服的な上着を着ると、どうも外出着のようになってしまい違和感がありますが、その点少なくとも、ちゃんちゃんこは家の中では重ね着をしていても、違和感なく着れます。これは私だけの感覚かな?

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ここに書いた「ステンカラーのコート」、「コーデュロイ」のズボン、「ちゃんちゃんこ」はいずれも私の家にあり、かつ使っています。皆さんはいかがですか? そのうちに温泉へゆくと思うので 、また多分「丹前」を着ることになるでしょう。パジャマでは上に「丹前」は着るわけにはいかず、やはり日本の温泉旅館に泊まって、「丹前」を着るのもたまにはいいものだなと思います。


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
あいかわらず、今回の内容も盛りだくさんで驚いています。ステンカラーコート、トレンチコート、ダスターコート、みな同じだと思っていました、勉強になりました。IVYルックの由来初めて知りました。毎朝NHKドラマを見ていますが、Jackさんの説明で、より深くドラマを楽しめそうです。トレンディな話題、有り難うございました。
Anne
2012/02/26 21:11
Anneさん
今回のNHKの朝ドラのファッションはストーリーとは違った意味で参考になります。でも多少年や場所などわざと?変えてありますね。上記の青山の店も原宿になっていたし、年もずれています。またグループサウンズのアイドルが登場してきましたが、このブログで書いてあるとうりジュンコは関わっていたのですね。パリで成功している同級の男性は例のケンゾーと呼ばれる高田賢三氏と思います。コシノジュンコの出た文化服装学院の同級生には、丁度そのあと有名になったデザイナーが固まっていたようです。参考まで。
Jack
2012/02/27 12:54

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