レオナルド・ダ・ビンチ「岩窟の聖母」の謎:同じ絵が2枚あるのはなぜ、その違いは?

少し前に、レオナルド・ダ・ビンチの「岩窟の聖母」について記事の中に書いたことがあります。この絵はパリのルーブル美術館とロンドンのナショナル・ギャラリーと2枚の類似の構図の絵があります。類似の絵が何枚かあるのは他にもありますが、この絵は謎に満ちています。数年前には小説と映画で「ダ・ビンチ・コード」が大ヒットしましたが、その中でも「巌窟の聖母」が謎の暗号の一つとなっていました。岩窟の聖母は謎の多い、ミステリーじみた絵です。今回はこの絵に関連する謎めいたことを書いてみました。

★レオナルド・ダ・ビンチ「岩窟の聖母」(Virgin of the Rocks)の二枚の絵の謎

ダ・ビンチの「岩窟の聖母」はパリのルーブル美術館と、ロンドンのナショナル・ギャラリーに同じような構図の絵が二枚有り、謎の多い絵といわれます。まずその二枚の絵を見てみましょう。

ルーブル美術館(パリ)の「岩窟の聖母」、制作:1483年 - 1486年、199 cm × 122 cm

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ナショナル・ギャラリー(ロンドン)の「岩窟の聖母」、制作:1495年 - 1508年、189.5 cm × 120 cm

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●「岩窟の聖母」はなぜ二枚あるのか?

ダ・ビンチは30歳の時、フィレンツエからミラノへ移って、フランシスコ会系の「聖母無原罪の御宿り信心会」教会から、ミラノのサン・フランチェスコ・ グランデ聖堂の祭壇画聖堂の祭壇絵の依頼を受けました。それが一枚目の「岩窟の聖母」です。この絵は、イエスが生まれたあと、ヘロデ王による2歳以下の嬰児を虐殺する命令から逃れるべく、エジプトへの逃げる途中、砂漠の洞窟に身を隠したマリアと幼子イエスが、ヨハネの守護天使である大天使ウリエルに守られた幼い洗礼者ヨハネに出会う場面を描いたものです。しかし教会は全体に暗い、神々しさがない、イエスとヨハネの描き方が通常ではないとしてこの絵の支払いをしなかったのです。この絵は、後にルーブル版になったものです。

このルーブル版「岩窟の聖母」は、注文主の信徒会が受取、支払い拒否をしたために、代金の支払いを巡って長期的に支払金を巡る訴訟が続きました。ようやく代金の支払いがされ、この一枚目の作品は結局、それを仲裁したフランス王ルイ12世に献上され、現在、パリのルーヴル美術館に所蔵されています。そして依頼主へは結局、最初の絵を描き直しをすることになり、現在のロンドン、ナショナル・ギャラリー版の方が教会へ納められました。18世紀後半に、教会がこの2作目の作品を売りに出し、スコットランド人画家が購入して、さらに、複数の収集家の手を経て、1880年にナショナル・ギャラリーがこの絵を購入しました。ロンドン版にはダ・ビンチの弟子が描いたところがあると考えられていましたが、ナショナル・ギャラリーが実施した修復作業の結果、ほとんどの部分はダ・ビンチの手によるものであると発表しました。

●「岩窟の聖母」:二つの絵の違い

では二つの絵はどんな違いがあるのでしょうか? 並べて見ましたので、比較してみてください。

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ここではナショナル・ギャラリー版(以下ロンドン版と表記)から見た場合、ルーブル版(パリ版)との違いを挙げてみました。

ロンドン版(ナショナル・ギャラリー版)の向かって(鑑賞者から見て)左の幼子は、十字の杖をもち、皮の服を着ていますので、これは洗礼者ヨハネで、右側の幼子がイエスです。

パリ版(ルーブル版)では絵の中のポーズから、向かって右の指を挙げている幼子がヨハネで、左側の幼子がイエスです。パリ版天使ウリエル(ガブリエル)の手前の幼子(洗礼者ヨハネ)は、水の側にいて、左の幼子(イエス)に洗礼を与え、そして、イエスは手を組み洗礼を受けているのです。パリ版では天使ウリエルは、洗礼者ヨハネに、指差しでイエスが「主」であることを教えています。パリ版では、向かって右側の幼子の洗礼者ヨハネが2本の指をたて、左側のイエスがお願いするように両手を握っているのは、2人がヨルダン川で出会った時の様子(イエスが洗礼を受けた)を表現しています(注:聖書ではイエスが30歳ころヨルダン川でヨハネから洗礼を受けたことになっている)。このように2枚の絵では、イエスとヨハネは逆の位置になっています。

ロンドン版十字の杖と革の服ヨハネの象徴でヨハネと明確に分かります。十字の杖と皮の服は、後から描き足されたという説もあります。しかし、このロンドン版の絵の影響で、パリ版の絵の向かって左の幼子が、イエスと言われたのが、洗礼者ヨハネであり、右側の天使の側にいるのがイエスだとの逆の解釈も出てきました。どちらがイエスかはパリ版ではいろいろな解釈があり、はっきりしていません。

十字架を持ち、服をまとった幼子(ロンドン版)は洗礼者ヨハネです。

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パリ版では向かって左の幼子は十字架を持っていません(イエスという意見とヨハネだとする解釈がある)。

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ロンドン版は幼子イエスは指差ししていますが、天使の指差しはありません。天使の表情も微妙に違い、視線も内側向きです。また天使に羽がついているように見えます。パリのルーヴル美術館が最近見つけたことがあります。それはパリ版にのみ描かれている天使ウリエル右手の指差しですが、最新の調査よると、洗礼者ヨハネを指さしている手は、後から描かれたものだとのことです。したがって、ロンドン版と同様、パリ版では右手の指差しは描かれていなかったそうです。なぜ右手は描き足されたのでしょうか。それは当時ミラノ地方を傘下に治めたフランス王ルイ12世の好みと指示によるものらしいと言われています。

パリ版の天使と幼子:向かって右側の天使と幼子も指差しをしています。

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ロンドン版の天使:天使ウリエルはパリ版よりも自分自身を見つめている感じで、その服装もより軽やかです。

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ロンドン版は手前の池(水)がなくなっています。

ロンドン版パリ版になかった光輪が聖母子とヨハネ3人に付けられています。

◆両方の絵の中の植物が違っています。

◆背景が微妙に違い、マリア、天使のマントの色が違います。

パリ版の穏やかな感じに対して、ロンドン版は全体的に表現の硬さが感じられます。 

パリ版には、空気遠近法による背景や、人物の深い陰影、ゆったりとした感じの巌の表現、水気を帯びたような洞穴の様子がうかがえます。ロンドン版では、岩の表現は平板で奥行に欠け、遠景は奥行きがあまり感じられなく、洞窟の空気にも湿気がないようで、人物の肌の質感かたい感じです。

◆全般的に見ると、パリ版(ルーヴル版)は、人物や姿の描写は繊細で、スフマート技法といわれる描写により、微妙にぼやけた表現です。色使いは穏やかで温かみがあります。やはりパリのルーブル版はダ・ビンチ本人によるもので、ロンドンのナショナル・ギャラリー版は、やむなく書き直しさせられたもので、ダ・ビンチ+弟子によるものではないかとの解釈があります(ナショナル・ギャラリーの発表では、ほとんどがダ・ビンチの手によるものとしている)。

パリ版の聖母:微妙で美しいぼかしによる光彩の技法が、聖母マリアの表情をより甘美的で、不安気な感じに表現しています。


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ロンドン版の聖母:パリ版よりはっきりしていて、ぼかしがない。

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パリ版は、主導したダ・ビンチが聖母マリアの頭上に通常の光輪を描かず、幼いイエスが低い位置に座り、天使ウリエルと共にヨハネを指差しています。これが教会では受け入れられないとした理由の一つですロンドン版マリアの光輪が描かれ、衣の青と背景の青が鮮明で、ヨハネはパリ版にはない十字架を抱え、天使ウリエルヨハネを指差さず穏やかな表情になっています。

以上が主な違いですが、この絵にはまだまだ違う解釈、意見、謎があります。みなさんなりの解釈で楽しんだらいかがでしょうか?

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追記:この記事の続編があります。

ダ・ビンチの「岩窟の聖母」には3枚目があった!/もう一つの「モナ・リザ」があった!?
http://jack8.at.webry.info/201501/article_1.html

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私は謎やミステリーが好きで、今回はダ・ビンチの2枚の「岩窟の聖母」について追求し分かった範囲で書いてみました。専門家でもない私が、こんなことを書くのはおこがましいのですが、私なりのミステリーの追求と楽しみです。まだ書きたらないことがあり、また続編でも書いてみようかなと思っています。ダ・ビンチは幼年から青年期まで苦労したようで、イタリアから晩年はフランスに移っています。その時お気に入りの絵を持参したのですが、その中に「モナリザ」や特別な思い入れがあったヨハネの絵があり、それが現在ルーブル美術館に所蔵されています。ダ・ビンチって、何か天才で裕福のイメージがあったのですが、意外と苦労人であり、裏の人生もあったようです。

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