ナポレオンが居なかったら缶詰はなかった?; Canと缶が似ているのは何故?

朝食に時々、ノルウェー産缶詰のオイルサーディンを食パンに乗せ、その上にとろけるチーズをさらにかぶせて、トースターで焼きいて食べます。これがまことに美味しい。イワシの缶詰であるオイルサーデンは、独特の味付けで、ちょっぴり塩っぱいのがパンだけでなく、パスタ、ピザやサラダなどに入れても美味しくなります。ノルウェー産でもキングオスカー製の『オイルサーディン』が有名で、軽く燻製してあるから、風味もいいし、イワシも大きく、最近ではトマト風味など種類もいろいろあります。この缶詰はフィルムで覆われており、表面に19世紀のノルウェー国王オスカー2世の絵が描かれています。オスカー2世はキングオスカーの品質を認め、自らの肖像画を商標に使うことを許可したので、KING OSCARというブランド名の上に、BY SPECIAL ROYAL PEMISSION(特別な王の許可)と書いてあります。

キング・オスカー製オイルサーデン缶詰。フィルムの国王オスカーの肖像が印刷されている。

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缶詰を開くと美味しそうなオイルサーデンが見えます。

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そこで今回は缶詰と英語のCanについて考えてみました。

私は昔から缶詰が好きなほうで、いろいろな缶詰を食べてきました。かってよく山や高原でキャンプしたときに、背中に背負ってきた缶詰を皆で食べると、疲れているせいか、あまり他に良い食べ物がないせいか、この上なく美味しく感じたのでした。今なら「そんな缶詰なんか!」と言いそうですが、私にはその思い出があるせいか、おかずが少ないときには、ツナやカツオの缶詰、鯖缶、イワシの蒲焼缶など食べています。

缶詰は日本では明治5年の10月10日、長崎で日本初の缶詰が製造されました。それで今でも10月10日は「缶詰の日」となっています。最初の缶詰はイワシの油漬けでした。オイルサーデンのようなものでした。

さてこの缶詰の発展に大いに功績があったのが、フランスのナポレオンです。ナポレオンには遠くに遠征する戦争が多かった。フランス兵達は燻製の魚、塩ずけの肉、乾パンに限られた食事で戦わなければならず、新鮮な食料不足による壊血病が蔓延していた。そこで政府は、兵に新鮮で衛生的な食物を供給できる方法を考えた人に、賞金12,000フランを与えるとした。懸賞にこたえ、1804年にフランス、パリ近郊に住む料理人のニコラ・アペールにより、長期保存可能な瓶詰めが発明され賞金1万2000フランを与えられた。

缶詰の原理となるアペールのアイデアは、調理した食品を間口の広いビンに詰めて煮沸したお湯で熱して、空気を追い出し、コルク栓と針金で密封してから、割れにくいように布地の袋に入れるものだった。しかしこの方法には欠点があった。長期保存用にするには、目に見えないバクテリアの除去が本当は必要だった。それにこれは瓶詰めでした。したがってもう一段の改良が必要だったのです。

ナポレオンは遠征が多く食料保存に困っていた。

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フランスで瓶詰めが出来たが、ガラス瓶は重くて破損しやすいという欠点があったので、1810年にイギリスのピーター・デュランド(Peter Durand)が、金属製容器に食品を入れる缶詰を発明しました。これによって、食品を長期間保存・携行することが容易になったのです。ただし、初期のものは殺菌の方法に問題があり、中身が発酵して缶が破裂するという事故を起こしました。その後1833年にフランスのアンシルベールによって、缶のふたの回りをはんだ付けし、熱で溶かして缶を開ける方式が考案されました。さらに1860年代になって、ブリキが発明されてからは、ブリキ缶になり、缶切りが登場するようになりました。当初、缶切りはまだなく、開くのは金鎚とノミを用いる大変に手間のかかるものだった。このため内容物が固形物に限られ、液状のドリンク類は入れられなかった。その後缶切りが発明されると、ようやく液体なども入れられるようになりました。今では缶切りが無くても開けられる様に、プルトップ/Pull-top(正式名称はイージーオープンエンド/Easy Open End、略してEOE)缶が発明され、手軽に缶詰を楽しめるようになりました。

現在のプルトップ缶。これで缶切りが不要になった。

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缶詰は、初期には主に軍用食として活用され、特にアメリカの南北戦争で多く利用されましたた。日本では日清、日露戦争で利用され缶詰が大いに発展しました。現在では、災害対策用の備蓄用食品(非常食)としても利用されていて、この度の東日本大震災でも重宝でした。

こうして缶詰を歴史的に見てくると、ナポレオンのロシア遠征の失敗は、もしかしたらまだ改良の余地ある瓶詰め携帯が多く、缶詰は発明直後でまだ少なかったことにあるかもしれない。その缶詰も初期の頃で、まだ破裂するなどトラブルがあり、多くは携帯ができなかった。またロシア軍はナポレオン軍がモスクワに入る前に町を炎上させ、何もない状態でナポレオン軍をモスクワに入れたのです。持参した瓶詰めは途中で腐ってしまい、食料確保ができるとしたモクスワは、炎上して何もなかった。その上冬が迫っていた。もしロシア遠征前に携帯食料のしっかりした缶詰が完成していたのなら、歴史は大きく変わっていたかもしれませんね。 逆にイギリスは缶詰を完成させて、それを海軍の保存携帯食としてから、海軍力を伸ばし、大いに国が発展したのです。食から見る裏側の歴史のようですね。

ナポレオンのロシア遠征図

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ナポレオン軍はロシアからの撤退は冬将軍に悩まされた。

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さて缶詰の缶と英語のCanが似ているとお思いませんか?ここからCanの話です。

缶詰の商品化は、1810年にイギリス人ディランドによって製造されたのが始まりです。最初の商品名が『Tin-can-ister/ブリキの缶』と呼ばれ、英語で缶詰を「Can」と言うようになったのはここからです。またCanそのものはラテン語のcannaからの説があります。

ヨーロッパから中国へcanが伝わり、中国ではその音と金属製の蓋のある容器の意味の、罐・鑵の字をあてはめることによって表していました。この「罐・鑵」は、日本ではオランダ語のKan(カン)の音と、中国から伝わった罐・鑵(グアン)から、当初の中国の難しい漢字を当てて「罐・鑵」(カン)としていましたが、次第に略字体で「」が定着していきました。英語のcanは発音はキャンですが、字をみるとカンとも読めます。それで英語のCanと日本語の缶の似ているのが判りますね。

さて「缶詰の」と形容する英単語では、アメリカではCannedが多く、イギリスではTinnedが多いと聞きますがcannedも使われているようです。また「缶詰」をPacking (in can), Canning, Canned goods, Tin can(ブリキ缶)とも言います。瓶詰めのはBottledです。

助動詞にCanがあり、「何かができる」意味となりますね。この助動詞の can、名詞「缶」の can、「缶詰にする」の 動詞のcan を組み合わせたおもしろい英語があります。ちょっとこじつけのところもありますが、お遊びと思って見てください。

Can you can a can?
「カンを缶詰にできますか?」

Can can can can.
「キャンは缶を缶詰にすることが出来る」。キャンは名前。

A canner can can everything,but can not a can.
「缶詰業者は缶詰に出来るものは、なんでも缶詰にできる、でも缶は缶詰にできない」

I can't can a can you can can, but you can't can a can I can can, can you
「私はあなたが缶詰にできる缶詰をできないが,あなたも私が缶詰にできる缶詰をできないでしょ?」

英語と言えば、ナポレオンが失脚後に流されたセントヘレナ島で、一人で英語の勉強をしていたことが判りました。それらのことがわかる品物のオークションがパリで少し前に行われました。ナポレオンにとって、イギリスは宿敵であり、敵国の言語を知って、なんとか参考にしようと考えていたようです。第二次大戦の時の日本軍は英語は敵性言語として禁止して、ただ避けていたのとは大違いですね。孫子の兵法に、「敵を知り、己を知れば、百選危うからず」と名言がありますが、ナポレオンはこれを実践していたのですね。

ナポレオンと英語については下のページを参照ください。

http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-21473720110601

ここまで書いていたら無性に「オイルサーデン」が食べたくなったので、朝食まで待てなくなってきました。オイルサーデンに、ちょっとレモンをかけたのをおつまみにして、今夜はワインでも飲もうかな!

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