「大きな古時計」の歌と謎;おじいさんとその家に伝わるミステリーとは?

何気なく聞いたり、歌っている歌や曲には、それが出来た背景がたいていあります。少し前ですが、平井堅の「大きな古時計」の歌が大ヒットしました。しかしこれは古くからある曲で、もちろん日本の歌ではありません。この歌には興味深いストーリーが背景にあります。少し前にこの背景を知ってから、いろいろ調べてみました。今回はこの歌の背景や逸話についてです。歌と共に、ミステリーを楽しんでください。

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●「大きな古時計」の歌と謎;イギリスのおじいさんとその家に伝わる古時計のミステリー

2002年に平井堅が歌う「大きな古時計」が大ヒットしました。でもこの歌は彼が昔から鼻歌のように歌っていた曲で、全くの新曲ではありません。この歌はもともとアメリカの歌でした。日本に来たのは1962年で、NHK「みんなのうた」で歌われました。チクタク チクタクと流れるような楽しいリズムで、日本人にすっかり定着しました。日本語の歌詞は、「一休さん」「ドカベン」などのアニメソングの作詞もある保富庚午(ほとみこうご)という人で、この訳詩は原詩と少し違いますが、とても日本人の心情にぴったりの歌になり、皆に受けました。

ところで、この歌には日本で歌われるようになる80年前に、アメリカであるいきさつがあって出来た歌でした。ではそのいきさつを紹介しましょう。なお原曲の歌詞と平井堅バーションの歌を下部に表示していますので、ご覧ください。

★大きな古時計のエピソード

フォスターと並んで19世紀のアメリカを代表する作曲家であるヘンリ・クレイ・ワークは「ジョージア行進曲」(Marching Through Georgia)で知られており、この曲は、アメリカ南北戦争末期の1865年に作られた北軍の行進曲でした。またこの曲は、日本では「パイノパイノパイ」(東京節とも言う)の曲で親しまれ、大正時代に流行したコミックソングでした。さてこのヘンリー・クレイ・ワーク(Henry Clay Work)は1874年、仕事でイギリスのダーラム州ピアスブリッジ(Piercebridge in County Durham)のホテル、「ジョージ・ホテル(The George Hotel)」に宿泊しました。そこのホテルのロビーには大きな古時計がありました。なかなか立派な時計ですが、よく見ると全く動いていません。ホテルのロビーで皆が見る時計が止まったままなので、そこの主人に「時計が止まっていますよ」と忠告しました。ところが主人は平気な顔で、「判っています。これには理由があるのです」と笑って、その不思議な話を始めたのでした。

ヘンリー・クレイ・ワーク(大きな古時計の作曲者)

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「ジョージホテル」はかって、ジェンキンズという兄弟が経営していました。そのホテルは、彼らの暖かいもてなしで、地元ではとても評判が良く、旅人にとってもよきホテルでした。そのホテルのロビーには、高さが二メートルを超える、大きな時計が置かれていました。それはジェンキンズの兄さんが生まれた日に買って来たものでした。この時計はとても正確で、その日以来、この大時計はチクタク、チクタクと休むことなく、時を刻み続けました。宿泊客は、当時の交通手段の馬車の発車時刻をこれで見ていました。誰もがその時計はこのホテルのシンボルと認めていました。

ある日、独身同士で長く一緒だった弟が、病気で亡くなりました。そうしたら、それまでづっと、正確に時を刻み続けていた大時計が、急に遅れるようになりました。最初は数分程度の遅れでしたが、次第に遅れの度合いは増し、1日に15分も遅れるようになり、いくら修理をしても直りませんでした。時計の遅れが増したのはそれが古くなったせいかもしれません。だから弟の死と時計の遅れは偶然に起こったことかもしれません。ここまでの話なら、時計の遅れについて、そう言えるかもしれませんが、この時計にまつわる不思議な話はさらに続くのです。

弟の死から1年少したった頃、今度はお兄さんが後を追うように亡くなりました。訃報を聞いてかけつけた友人知人たちがホテルのロビーに集まり、挨拶や個人の思い出話をしているさなか、友人の一人が、ふと時計を見て、信じられないような表情でつぶやきました。「・・・・・時計が止まっている」 ホテルのロビーはざわめきました。しかし驚くことはそれだけではありません。動きを止めた時計の針が指している時刻、それはお兄さんが息を引き取った時刻とまったく同じ11時5分で、その事実に気づいた人たちは愕然とその場に立ちすくみました。彼の死の瞬間の時刻を時計は指していて、動いていたはずの振り子も、その動きをまったく止めてしまっっていたのです。きっと亡くなったお兄さんは、この時計と長い間心を通わせていたのでろう、と居合わせた人々は思いました。こうして大きな時計は、11時5分を指したまま、ホテルのロビーに据え置かれるようになったわけです。

大きな古時計は今でも11時5分で止まっている。

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ジョージホテルの主人から聞いた大きな古時計の不思議なエピソードは、ヘンリー・ワークに強烈なインスピレーションを与えました。彼は劇場公演で疲れていたにもかかわらず、その日、一晩中一睡もせずにこの曲を一気に書き上げてしまいました。イギリスでの公演を終えて、ワークはこの曲を早速アメリカに持ち帰りました。そしてこの曲を"Grandfather's Clock"(おじいさんの時計)として発表したところ、温かいメロディと不思議な背景の物語と相まって、この歌はまたたく間に多くの人々の賞賛を得て、ついにミリオンセラーになったのです。ちなみに、この曲が発表される前は、縦型の大きな時計は一般的に「Coffin Clock(棺おけ時計)」とか「Long case Clock(ロングケース・クロック)」などと呼ばれていましたが、"Grandfather's Clock"の発表以来、この種の大きな縦型の時計は、その曲のタイトルから"Grandfather's clock"(おじいさんの時計)と一般的に呼ばれるようになり、大ヒット曲は時計の呼び方まで変えてしまったのです。

ところで、これで終わりと思っていたらまだ完結していなかったのです。この歌には続きがあって、2年後の1878年にワークは "Sequel to Grandfather's Clock" (続・おじいさんの時計) という曲を発表しました。Sequelとは続編といった意味です。これはアメリカでもあまりにじみがないそうです。概略の歌の内容は、その後、大きな古時計は分解され、装飾されたマホガニーのケースは焚き木にされてバラバラになってしまいます。前の曲を知っている人にとってはとても悲しい内容です。続編はワークの完全な創作で、実際のエピソードをもとにしたものではなく、あまり流行らなかったようです。ここではその曲と歌詞は省略します。

★歌のモデルの大きな古時計はどうなっているの!

2001年8月、NHKの番組で、平井堅がアメリカ、マサチューセッツ州のヘンリー・クレイ・ワークの生家を訪ねたことがありました。その時に「大きな古時計」のモデルとなった時計も紹介されていたので、そのことからも、ワークの続編で時計がバラバラにされたのは、全くの創作であることがわかりました。しかしイギリスのThe Goerge Hotelには今でもこの曲のモデルとなった、大きな古時計が現にあります。NHK紹介の時計とGoeroge Hotelの時計と、どちらが本当のこの曲のモデルでしょうか?確かにイギリス説ではジェンキンス兄弟は生涯独身で、おじいさんと呼ばれるような孫は居なかったのでおかしい。アメリカ説も類似の物語がありますが、おかしなところがあり、両方を取り入れた折半説もあります。しかしどの時計が本当のこの曲のモデルか結論は出ていません。今のところはイギリス説が有力なようです。

この歌のモデルになったと言われる、イギリスのThe Goerge Hotelは今でも営業し、11時5分で止まっている大きな古い時計が、有名な曲のモデルとして置かれています。その周りには、"Grandfather's Clock"の歌詞や誕生のエピソードが記載された新聞記事、作者のH.C.Workが亡くなったときの新聞記事の写しなどが展示してあるそうです。今は、特にこれを大きな売り物にしているような感じのHotelではないので、日本で平井堅の歌が流行った頃、日本人が訪ねてゆくと、「ヘーそうなんですか?」と逆に言われるような程度のようです。

The George Hotel(大きな古時計の舞台になったイギリスのホテル)

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このホテルには今も11時5分で止まっている「大きな古時計」が置いてある。

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当時のことを伝える新聞の切り抜きが展示してある。

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★日本で作られた大きな古時計の歌

その後、平井堅はこの「大きな古時計」で、第53回NHK紅白歌合戦に出場し、さらにこの曲は2003年の第75回選抜高校野球大会の開会式の入場行進曲にも選ばれています。

そんなわけで、日本人の中には、この曲を日本の歌と思い込んでいる人も多いようです。他の国ではそれほどではないのに、日本では、どうしてこんなにこの歌は定着したか不思議です。この歌の日本語歌詞は、ほぼ原曲と同じ内容ですが、言葉使いなどに少し違いがあります。それは原曲が90年だったのに、日本では百年になっていること、死/diedと言う言葉が原曲には何回か出てくるのに、日本語歌詞は最後に1回しか出てこないのです。これにより原曲が少し暗い感じなのに、日本バージョンは、比べると明るい感じの曲になっています。また原曲はMy grandfather's clock(私のおじいさんの時計)ですが、日本バージョンでは単純に「おじいさんの時計」となっています。原曲では孫がおじいさんの古時計のことを話しているのですが、日本バージョンでは「私の」を省略し、みんなの「おじいさん」のように一般化してしています。だれのことと特定せず、親しみを増した内容になり、いつでもだれでも歌える、懐かしさがこみ上げてくるような気持ちをもてる歌になったのです。そしてこれが日本人に受けたのでしょう。日本語の歌は、これはこれで独立した良い歌といえます。

歌って、そのいきさつがわかると、歌っているとき、もっと強い感慨が湧いてきますね。


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この記事へのコメント

Anne
2012年06月11日 22:55
原曲と日本バージョン、比べて聞いてみました。確かに日本のほうが明るく、懐かしさを感じますね。平井堅さんもリラックスして歌っているように見えます。それにしてもこの曲が出来上がるまでのエピソード面白かったです、初めて知りました、今でもその古い時計が当時止まったままの時間をさして飾ってあるのもすごいですね、そのホテルの旅行客はそれを見て、いきさつを知り喜ぶでしょうね。今後、この不思議なエピソードを思い出しながら、この歌を聞くのも楽しみです。
2012年06月12日 18:51
Anneさん
平井堅の曲を最初に聞いたとき、「これは前からどこかで聞いた曲で、懐かしい感じがするな」と思いました。その後ヒットして、そのいきさつがテレビなどで簡単に紹介されていて、その当時はそれで納得していました。しかし、その頃聞いたより、もっと深いエピソードがあると知って、調べてみて、その物語がわかると、これをいつか書き留めておきたいと思ってきました。そしてついにこのブログに書きました。

外国の曲をカバーして、日本風になっている歌は沢山あります。単なる日本語翻訳ではなく、日本人にピッタシの歌詞がその曲にハマると原曲以上によく思えるものがあります。いわゆる60年代のオールディーズのころは、カバー曲のオンパレードでした。最近はそんな曲があまりなく、少し寂しい気がします。
ソウ
2012年12月13日 21:37
英語の教科書で「大きな古時計」のこの話が載っていて、とても感動しました。
なんてすてきなんだろう。おじいさんと時計は運命共同体だったのですね
2012年12月14日 16:06
ソウさん
よく聞きなれた曲でも、それが出来た背景を知ると、もっと感慨深くその歌を聞くことができます。この歌の背景を知って私も感動しました。名曲はひょんなことから出来上がるもののようです。

最近このブログにに掲載した「きよしこの夜」の誕生秘話も面白い背景があり、よろしかったらご覧になって見てください。このページの左上の新着記事か下記のURLを参照ください。

http://jack8.at.webry.info/201212/article_1.html
馬琴
2016年02月16日 00:07
15分遅れてるから 兄貴が死んでから15分動き続けた時計
taic
2019年04月09日 12:05
保富康午が作詞したのは「一休さん」ではなく、野球アニメ「一球さん」のほうだそうです。
かつて火曜日に再放送されていた「サザエさん」の主題歌(日曜の本放送とは違う曲だった)の一部も作詞したそうです。

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