Jackと英語の木

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zoom RSS アイスクリームはいつ、どこから始まったのか?/氷砂糖は日本人の発明だった

<<   作成日時 : 2015/03/09 19:03   >>

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この頃は冬でもアイスクリームがよく食べられています。冬でも暖房が効いていると、なにか冷たいものでも食べたくなります。日本人でもそうですが、アメリカ人はアイスクリームが好きな国民です。大きくて、甘いアイスクリームをペロリと平らげてしまうには驚きます。しかしアメリカ人に肥満が多くなり、他のスウィーツに切り替える動きもありますが、どうしてか、なかなかなアイスクリームからは離れられないようです。近頃はいろいろなタイプのアイスクリームもあり、今回はアイスクリームや氷にからんだ話にします。

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●アイスクリームはいつから始まったのだろう?

アイスクリーム的なものの歴史は結構古い。古代ローマ人やその支配圏の人々は、山から取れる雪と氷に、蜂蜜や果汁を加えてクリーム状にした「ソルベット(イタリア語sorbetto」)」というものを食べていました。(注:フランス語で「ソルベ/sorbet」、英語で「シャーベット/sherbet」)。大帝国を作ったアレキサンダー大王は、氷雪を山から運ばせ、ミルクや果汁、糖蜜などを加えて冷たい飲み物を作らせ、楽しんだり、戦場の兵士達たちにも振舞ったと言われています。

ローマのシーザーも、アレクサンダー大王も「ソルベット」を食べていたようです。シーザは家来たちをイタリアのアペニン山脈にいかせ、そこの氷雪を運ばせて、ミルクや蜜、ワインなどをかけて食べていたと言われています。ローマ皇帝ネロも、アルプスから運ばせた万年雪を、いろいろかけて食べていました。他にも、ナポリのヴェズヴィオ山の山頂近く氷雪や、シチリア島の3000mのエトナ山から氷雪が運ばれて、氷室で保存されていました。

アレクサンダー大王はアイスクリームのようなものを食べていた。

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雪と氷を利用することや、氷で冷やすことはギリシャ人から伝わりました。もっと古くは、エジプト、中東やアジアの人々は、高い山からの雪に、蜂蜜や果汁をかけて食べる方法を知っていました。日本でも「枕草子」の記述に、「あてなるもの」(上品なもの、良いもの)の段に「削り氷」が書いてありますので、日本の平安時代の上流階級は、かき氷のようなものを食べていたようです。また氷を保管する氷室は昔から日本にもありました。

「あてなるもの」の「削り氷」を食べる平安時代の女性

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さて、11世紀頃になると、十字軍が中東へ侵攻しました。シリア地方で十字軍の兵士は、アラブ独特の砂糖と氷雪で作られた、甘い飲み物である「シャルバート」 を味わい、その製法をヨーロッパに持ち帰りました。「千夜一夜物語」の中にも登場する「シャルバート(sharbat」は「シャーベット」の原型です。「シャルバート」は、「シャリバ (飲む)」"Sharba"からのことばとのことです。イタリアのシチリア島では、これにより、果物やナッツを使って「ソルベット」(イタリア語でシャーベットのこと)を考案しました。その後、シチリア島では、いろいろな種類の果物やナッツを使ったソルベットが多種類作られ、シチリア名物の「カッサータ」もその内の一つです。

イタリア、シチリア島名物のカッサータ

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シチリア島名物のカッサータの説明:
http://www.siciliaway.com/ja/2011-02-03-16-52-57/a-a-a-aa-a-a-c-e-a-a-a-a-a-a-a-.html?blogger=a.pietrini

このシャルバートはシルクロードを経て、中国にも伝わり、元国皇帝フビライカンは、これで父の病気を癒したと言われます。これがサマルカンドの「舎里八」と言うもので、シャルバートの漢字読みで「舎里八」(しゃりば)となるのです。これは、さまざまな種類の果汁に砂糖を混ぜ合わせ、種々の香りを付けた水で風味付けし、雪や氷で冷やしたものです。フビライは「舎里八」を大変好み、調合した医師を厚遇したと言われています。さらに、イタリアからはるばる来たマルコポーロは、北京の中国宮廷でもてなされた「アイスミルク」のことを忘れられず、その製法をイタリアに持ち帰りました。これがイタリアのヴェネツィアで、とても評判になり、アイスミルクはイタリアに広がっていきました。彼の「東方見聞録」には、「北京で乳を凍らせたアイスミルクを味わった」という記述があります。これが原型となって、イタリアで生まれたのが、「ジェラート(gelato)」と言われます。その語源は「gelare」=「凍らせる」を意味する言葉です。

●アイスクリームの広がりと発展

その後「アイスクリーム」はイタリア、フランス、イギリス、アメリカなどに広がり、改善されて、現在のアイスクリームに次第に近づいてゆきました。

イタリアでは、16世紀に硝石の吸熱作用で、温度が下がることが発見され、各種のものを冷やす技術が開発され、天然の雪や氷でないものからシャーベットが作れるようになりました。16世紀中頃、現在のアイスクリームに近いものであるセミフレッドのズコットが出てきました。フィレンツェのメディチ家と親しかった建築家が、メディチ家のために作ったものです。

ズコット:これは現代版のものですが、16世紀にフィレンツエでできたアイスケーキで、今でも食べられている。

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16世紀中頃、フランスのオルレアン公(アンリ2世)との結婚のため、イタリア、メディティ家のカテリーナは、シェフやアイスクリーム職人を伴ってフランス入りし、フランスにアイスクリーム技術が伝えられました。これが、さらにドイツやイギリスの王族などとの交流により、ヨーロッパ各地にも広がっていきました。

メディティ家のカトリーナはアイスクリームなど食文化をフランスに伝えた。

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17世紀末頃には、シチリア出身の職人がパリでカフェ・ル・プロコープを開店し、
シャーベットなど、シチリアのジェラートと肩を並べる、夏の定番デザートの氷菓子であるグラニータ(Granita)を、さらに改善したアイスクリームを初めて売り出しました。高級な食べ物であったアイスクリームが、フランスではようやく一般市民でも食べられるようになりました。

イタリア、シチリア名物グラニータ:レモン味のグラニータが多く、イチゴ、コーヒー、アーモンド、ピスタチオ、桃などの味もあります。

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グラニータの説明:
http://cucisici.exblog.jp/16278259

その後アイスクリームはアメリカで発展します。初代大統領のワシントン夫人は大のアイスクリーム好きで、これからアイスクリームが広がったとか。1800年初めころ、第4代アメリカ大統領ジェームズ・マジソン夫人が、ホワイトハウスの晩餐会で初めてアイスクリームを提供し、アイスクリームをデザートとして食べた最初と言われます。1846年にはナンシー・ジョンソンというアメリカの主婦によって、手回しのアイスクリーム攪拌機が発明されました。これからアイスクリーム製造工場も出てきました。さらにはアイスパフェの類や、アイスキャンディも登場してきます。

●日本でのアイスクリームはいつから?

日本では、平安時代から種々の方法で氷の利用、保存がされてきました。では日本でのアイスクリームの食べ始めはいつ頃でしょうか?

日本人がアイスクリームを見たのは江戸末期です。江戸時代の1860年(万延元年)に咸臨丸で渡米した遣米使節団が訪問先のアメリカで食べたのが始まりで、そのおいしさには驚いたようです。そして明治2年には、横浜、馬車道で氷と塩を用いて、日本で最初のアイスクリーム「あいすくりん」の製造販売を始めました。 当時は相当な高価品であったそうです。

江戸時代、アメリカへの遣米使節団はワシントンで初めてアイスクリームを味わった。

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明治時代、「あいすくりん」を売っている横浜、馬車道の風景

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またソフトクリームが日本に登場したのは、1951年、明治神宮で開かれた進駐軍主催のカーニバルの模擬店で、初めてソフトクリームが売られました。日本人は、初めてコーンに入ったソフトクリームを食べ、フリーザーの運転を見たのです。これにより各地で次々とソフトクリームが販売され広がりました。

*ここでちょっと、横道にそれる話も入れておきます*

●氷砂糖は日本人の発明だった。

日本人と氷といえば、皆さんは「氷砂糖」が日本人の発明と知っていますか?明治16年、静岡、森町で菓子 商を営んでいた鈴木籐三郎氷砂糖の製法を考案しました。水に溶かしたグラニュー糖を10数日置いておくと、結晶と氷糖蜜に分かれて、できた結晶を乾燥させ、氷のような砂糖の結晶を作り上げたのです。浜松の三立製菓(源氏パイなどで有名)がこの製法で氷砂糖を生産し出し、昭和初期には、浜松は全国の90%の氷砂糖を作っていました。また三立製菓はいいものを作るのが難しかった「金平糖」を、ヨーロッパと同等レベルまで作り上げました。そして今では日本の自衛隊の携帯食には乾パンと金平糖か氷砂糖がセットで入っていて、これも三立製菓が供給しています。非常時に、氷砂糖や金平糖を乾パンと一緒に食べることによって、だ液が出やすくなり水がなくても食べやすいからだそうです。今では氷砂糖の製造は大日本精製糖などが引き継いでいます。鈴木は精糖業の他に、製塩、醤油製造等の事業に関する多くの発明をしており日本の発明王と言われています。

非常食になっている「乾パン、氷砂糖」のセット

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非常食:乾パンと金平糖のセット

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氷砂糖と金平糖の説明:
http://www.hamamatsu-books.jp/category/detail/4d1e1a911a2a6.html

●「サーティワン」のアイスクリームはひと月31日、違った味で食べられる?

アメリカのサーティワンのアイスクリーム店は日本にもありますね。でもこの「サーティワン」とは変な名前ですね? 

アメリカのバスキン氏とロビンス氏が第二次世界大戦の中、アイスクリーム好きのため軍の中でもアイスクリームを作って皆を喜ばせていました。そして戦後、1945年、カリフォルニア州にスノーバードにまずロビンスがアイスクリームストアーを開店し、翌年にはバスキンが開店しました。1953年に両者は合併して「Baskin-Robbins(バスキン・ロビンス)」となりました。

サーティワン」とは英語のthirty-oneであり、数字の「31」のことで、これには「31種類のアイスクリームがあるため1ヶ月31日、毎日違うアイスが楽しめます」という意味が込められています。ただし、実際には店により多少違うようで、32種類とか28種類のアイスクリームが置かれている店舗もあります。一般的に冷蔵庫が四角いので偶数(ケース1区画が4つ入りの為4×8=32や4x7=28になる)の方が店にとっては都合がよいためと言われます。実際には1000以上のアイスクリームの種類があるそうで、世界のどのサーティワンの店でも大体は32種類から選べるようになっている。

サーティワンの広告:"baskinBRrobbins"の"BR"はロゴで、よく見ると、この青とピンクでできたBRにピンクで"31"が入っています。

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サーティワンアイスクリームは日本ではこの名前ですが、世界的には創業者二人の名前をとって、バスキンロビンスの名称で通っています。サーティワンの名前は日本と台湾のみで使用されています。アメリカの大統領オバマ氏は、初めて奥様とデートをした場所がシカゴのバスキンロビンスだそうです。サーティワンは「We make people happy」の理念がモットーであり、Happyな店で,最高品質のアイスクリームの提供を心がけているそうです。

世界的には「バスキンロビンス」で通っている「サーティワン」

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随分前のことですが、アメリカに行ったとき、冬でも半袖で、大きなアイスクリームを食べる風景を見て、驚いた経験があります。この頃はアイスキャンディ、パフェなどさまざまなアイス菓子が出ていますね。またイタリアのジェラードが好きで、密かに行きつけの店があります。古代の人が、山からの氷雪を運んでまで美味しいものを食べていたなんて、すごい執念ですね。氷砂糖が日本人の発明で、今では世界中がこの技術を利用しているなんて、意外と皆さんは知らないようです。我が家にも非常食として、乾パンと金平糖を保管しています。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
かき氷、アイスクリームの歴史は想像していたより古くびっくりしています.皆さんがおいしいと感じるアイスクリームは昔から絶やされることなく世界中に広がっていったんですね。氷砂糖、日本で初めて作られたとか、それにグラニュー糖が使用されたいたんですね、さっぱりした甘さの秘密がわかりました。サーティーワン、うちの近くのその店は31日にアイスクリームを値引きしていますよ、よく利用します。なお、サマルカンドの「舎里八」、サマルカンドに行ったことがあるので懐かしかったですが、そのサマルカンドの「舎里八」は初めて聞きました。これからますますアイスクリームが美味しく感じられます、タイミングの良い話題ですね。
Anne
2015/03/10 21:19
Anneさん
冷たいものを美味しく食べたい欲求は昔からあり、特に権力者は労をいとわず入手していたようです。徳川将軍は、富士山の氷結洞窟から氷が溶けないように江戸に運ばせていたとか。

サマルカンドのことを紹介したテレビを少し前に見ました。都会は意外と今風になりつつありますが、田舎にゆくと急に変わりますね。もっと昔、マルコポーロの時代は、さぞかし寂しく、厳しいところだったかなと想像しました。サーティワンのロゴRBの31の表示は気がついていない人もあり、知っていると面白いですね。
Jack
2015/03/11 15:51
お伺いしたいのですが、
記事の写真ってどこで手にいれたんですか?
ono
2016/06/29 13:43

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