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zoom RSS ダ・ビンチの「岩窟の聖母」には3枚目があった!/もう一つの「モナ・リザ」の謎?

<<   作成日時 : 2015/01/11 19:18   >>

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前回の記事で2枚あるダ・ビンチの「岩窟の聖母」のいきさつとその違いを書きました。詳しくは下記をご覧下さい。 今回はその続きです。

前回の記事:
レオナルド・ダ・ビンチ(Leonardo da Vinci)「岩窟の聖母」の謎:同じ絵が2枚あるのはなぜ、その違いは?

★ダ・ビンチの「岩窟の聖母」には3枚目の絵があった。

ダ・ビンチの「岩窟の聖母」はパリのルーブル美術館とロンドンのナショナルギャラリーに2枚あると、前回の記事で書きましたが、なんと3枚目の「岩窟の聖母」がありました。東京、渋谷の「Bunkamuraザ・ミュージアム」で2012年に開催された「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展で、3枚目の「岩窟の聖母」が展示されました。知らないでみたら、パリかロンドンの絵を借りてきて、展示したのかなとの錯覚が起こりそうな絵です。

レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展:展覧会ページ

では3枚目の「巌窟の聖母」をご覧下さい。

「岩窟の聖母」:3枚目の絵(個人蔵、1495-97年頃)

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この展示作品は個人蔵であるために、これまでほとんど人目に触れることのなかった3つ目の「岩窟の聖母」です。この作品のチェックの結果、レオナルド・ダ・ビンチとその弟子たちによる作品と考えられる解釈となりました。この3枚目の絵は個人蔵の為、長く人目に触れる機会がなかったのですが、1990年に所有者がミラノでこの絵を修復に出しました。その際、この絵はもとは他の作品と同様に、板に描かれていた作品でしたが、修復で、キャンバスに描き替えられたものらしいということが分かりました。しかもこれは第3作というものではなく、第1作目のルーブル版の原型を精巧に写した第2バージョン(第2作目)であるということが判明しました。ダ・ビンチと弟子の作品である可能性がかなりあるようです。また最近、3枚目の「岩窟の聖母」があるという文書も見つかったようです。したがって、これが本当なら、ロンドンの「巌窟の聖母」は第3作目ということになります。

「岩窟の聖母」:パリ、ルーブル美術館


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「岩窟の聖母」:ロンドン、ナショナル・ギャラリー

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●三枚目の「巌窟の聖母」はどこが他の2枚と違うのでしょうか、あるいは同じでしょうか?
(注:右、左はこの画面に向かっての位置)

◆個人所蔵の3枚目の「岩窟の聖母」の構図は、ルーヴル版とほぼ同じです。ロンドン、ナショナルギャラリー版は、左の幼子ヨハネにアトリビュート(象徴)である十字の杖を持たせているが、この絵の右側の幼子ヨハネには、ルーブル版と同様に、杖は持たせてない(ルーブル版とロンドン版はヨハネとイエスの位置が逆です)。ルーブル版と同様、マリアの右側に居る天使ウリエルは指差しをしています(ロンドン版は指差しをしてない)。

◆天使ウリエルの表情や人差し指でヨハネを指すポーズは、ルーブル版に似ています。またヨハネとイエスの幼児特有の体の柔らかさ、マリアの伏目がちな表情も似ています。マリアと天使の顔にシャープさが少ない感じで、ルーブルとロンドンの中間ぐらい描き方。

◆ルーブル版ではマリアに光輪は描かれていないが、この絵はマリアにだけ光輪が描かれています(ロンドン版は聖母子とヨハネ3人に光輪が描かれている)。

◆遠景がルーブル版に比べ暗い感じで、上方に空がない。

◆手前の植物がルーブル版に比べ、ほとんど見えない。

◆天使ウリエルが左の幼子のイエスを指差しする右手は、天使の顔の大きさと比べると、変に大きい。

◆ルーブル版と比べ、右の幼子ヨハネの足はやや太く、それに対して、左の幼子イエスの足は痩せていて少し長い。

◆この絵はコントラストがルーブル版よりハッキリしている。天使のマントの赤系の色も鮮やかです。またマリアの顔が一番明るく、目がそちらに行ってしまう感じです。

3枚目の絵の天使とイエス

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よく見ると、天使の手が顔に比べて大きめに見えます。イエスの足もやや太い感じです。個人蔵の為、まだこの絵に関する情報が少なく、この三つ目の「巌窟の聖母」は分かっている範囲の事柄です。

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★もう一つの「モナ・リザ」(Mona Lisa)の謎?

さて、ダ・ビンチの「巌窟の聖母」には3作がありましたが、2012年の「レオナルド・ダ・ヴィンチ 美の理想」展では、ルーブル美術館所蔵のダ・ビンチの「モナ・リザ」に対して、もう一つの「モナ・リザ」が展示され、話題を呼びました。この絵が果たしてダ・ビンチの手による本当の作品でしょうか?

この絵は個人蔵の作品で、展示会など人目に出るのはこれが初めてということでした。レオナルド・ダ・ビンチ本人の作品かもしれない可能性がかなりあるとのことです。引き続き専門家が分析中で興味ある作品です。もし、「岩窟の聖母」のように、ダ・ビンチの描いた「モナ・リザ」が2枚あったとしたら、その謎はこれまた興味が尽きないですね。朝日新聞「天声人語」やTBS TV「世界不思議発見」でも取り上げられ、話題になりました。この絵は発見された地名をとって「アイルワースのモナ・リザ」と呼ばれるようになり、この絵は2012年に日本で、世界に先駆けて公開されました。

「アイルワース」の「モナ・リザ」(Isleworth Mona Lisa)

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パリ、ルーブル美術館の「モナ・リザ」

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●この二つの「モナ・リザ」はどのように違うのでしょうか?

◆ルーブルの絵は柱は入っていませんが、サイズにやや横幅があるアイルワースには、人物の後ろに柱が左右に描かれています。ルーブルは柱の座の一部が左右に見えています(写真では見えにくい)。

◆アイルワースの絵の方が女性が猫背で、ルーブルの方が背筋を伸ばしています。ルーブルより丸顔で若い。黒い陰が多く、その陰で小さく見えるようになった顔に対して手が大きく見える。

◆同じ衣装とベール、髪型、同じポーズ、同じ場所ですが、微妙な描き方が違います。眉毛がないのは同じです。

◆人物が絵の全体で、アイルワースの方が小さく、ルーブルは大きく描かれています。

◆不思議な笑みを浮かべている「謎めいた」表情が、アイルワースには見られない。

◆遠方の背景の形とバックの色が違います。アイルワースの背景は何が描かれているのかもう一つ分かりません。

二つの絵を並べてみました。

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二つの絵を重ねたもの

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●この絵は本当にダ・ビンチの作でしょうか?

この絵について、2012年にスイス・チューリッヒ(Zurich)のモナ・リザ財団(Mona Lisa Foundation)は、ジュネーブ(Geneva)で開いた記者会見で、長年の調査から、この絵がモナ・リザの初期バージョンであると結論づけました。パリのルーブル美術館に所蔵されている「モナ・リザ」より10年ほど前に描かれた未完成作で、ダ・ビンチ本人による作品であると確認できたとのことです。これは、16世紀以来の「もう1つのモナ・リザなのか?」という論争に決着をつけるものになるのではないかと言われます。財団の発表には専門家から異論もでましたが、同財団は、「アイルワースのモナ・リザ」の鑑定結果について、「Mona Lisaー Leonardo's Earlier Version」(ダ・ビンチが描いた若きモナ・リザの肖像)』と題した320ページの書籍にして発表しました。

この絵の女性モデルの名前はフランチェスコ・デル・ジョコンドの妻である「リザ・デル・ジョコンド」です。このことも近年になって、分かってきたことです。当初はこの絵には特に名前はありませんでした。

アイルワースの「モナ・リザ」は25歳の「リザ・デル・ジョコンド」を描いたとされ、未完の作品です。背景については弟子によるものとの意見もあります。1913年に、あるアートコレクターがイギリス、サマセットの貴族の家でこの絵を発見し、ロンドンのアイルワースにあるアトリエに移動しました。その後、この絵は第一次世界大戦中にアメリカへ渡り、戦後にイタリアで調査が行われました。1960年代に、アメリカ人のヘンリー・ピューリツァーがこの絵を購入し、絵をスイスの金庫に保管した上、「この絵こそダ・ビンチが描いた若い頃のリザ・デル・ジョコンドの肖像画だ」という説を唱えました。ピューリツァーの死後も、絵はしばらくの間、スイスの金庫におさめられたままだったのですが、2008年に匿名の国際財団が、ピュリツァー氏の伴侶だった女性の遺産から購入し、スイスのモナ・リザ財団に鑑定を依頼していました。その後、2012年、モナ・リザ財団はこの絵はダ・ビンチの作と結論づけました。さらに2012年に日本で世界初公開されました。この絵はイギリスでの発見地のアイルワースにちなんで、「アイルワースのモナリザ」と呼ばれています。

この絵がダ・ビンチの作とする話が他にもあります。ジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasari, 1511年7月30日 - 1574年6月27日)は、イタリアの画家、建築家で「芸術家の列伝」でも知られ、その中で、ヴァザーリはダ・ビンチが1503年に「モナ・リザ」(ジョコンダと絵について記載)を描き始め、未完成のままに終わったと書いていました。さらに同時代の画家ラファエロが、「モナ・リザ」をスケッチしており、それにはルーブル版の「モナ・リザ」にはない円柱が描かれていたこともダ・ビンチ本人作説を理由付ける材料となっています。また、モナ・リザ財団の調査によると、二つのモナ・リザの顔料が16世紀のイタリア・フィレンツェで使われていたものと同じで、2つの構図を比較すると、ダ・ビンチが同じ構図で描いたものであることがわかったとのこで、その他にも財団による詳細な科学的な調査が10年以上行われた結果、ダ・ビンチ作との結論に至ったとしています。

ラファエロの描いた「モナ・リザ」のスケッチ

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ダ・ビンチは、「アイルワースのモナ・リザ」について、背景やその他の描き方に不満を持っていたので、10年ほど後に、二枚目のルーブルの「モナ・リザ」を描かなければならなかったのではないかとの説もあります。なぜ二作目の「モナ・リザ」を描いたのかという謎が、このアイルワースの「モナ・リザ」によって、必然的な流れが明らかになったのではないかとも考えられます。

さて、「モナ・リザ」は類似作が、世界中に20枚とも30枚ともあるとも言われ、「もう1つのモナ・リザ」ではないかとの作が各地にあります。しかしここまでダ・ビンチ作と言われているのは、「アイルワースのモナリザ」が主です。他にもダ・ビンチ作と称しているものもありますが、さらなる検証や多くの賛同が必要なものが多い。下記は少し前に報道されたそうした例です。

BS朝日TV放送:「滝川クリステルのフィレンツエ紀行ーもう一枚のモナ・リザ」

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向かって右側が「もう一つモナ・リザ」とこの報道では主張している。ロシアのコレクターが所蔵していて、フィレンツエの専門家が鑑定した。ダ・ビンチと同時代の顔料など素材を使用しており、両方のモナ・リザの瞳の中に、"S"と"L"の文字が隠されているのがダ・ビンチ作である証拠とその専門家は主張している。

、スペイン、プラド美術館の「モナ・リザ」:美術館の修復作業で発見された、同じモデルを、ダ・ビンチのとなりで同時に描いた弟子の作品である可能性が高い絵。

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●「モナ・リザ」となぜ呼んでいるのでしょうか?

日本では「モナ・リザ」と呼んでいますね。しかし「モナ・リザ」の呼び方はアメリカ、中国、日本などだけで、ヨーロッパのフランス、イタリア、スイスなどではモデルの女性名の「ジョコンダ」で呼ばれる方が多い。イタリアでは「ラ・ジョコンダ」、フランスでは「ラ・ジョコンド」、アングロ・サクソン系の国々では「モナ・リザ」と呼ばれます。モデルの女性は「リザ・デル・ジョコンド」と言われます。フィレンツェの富裕な商人のフランチェスコ・デル・ジョコンドの妻であるジョコンダの夫人なので、女性名詞で最後の母音が「a」になり「ジョコンダ」になります。では「モナ・リザ」となぜ呼ぶかというと、イタリア語の貴夫人につけるマドンナ「ma donna」は「私の貴婦人」を意味し、短縮形でモナ「mona」となります。また夫人の名前は「エリザベッタ」で、愛称を「リザ」と言いました。ここから「モナ・リザ」となったのです。したがって「モナ・リザ」(Mona:貴夫人 ・Lisaリザ=愛称)とは「リザ貴夫人」ということで、こちらが日本などでは広まってしまいました。「モナ・リザ」の女性モデルは、この「ジョコンダ」でなく、他にも数人の女性が絵のモデルという説もありますが、今のところ「ジョコンダ」説が有力のようです。

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巌窟の聖母」に3枚目があるのを以前に知って、前回のパリとロンドンの2枚の「巌窟の聖母」に引き続いて書く事にしました。さらに「モナ・リザ」にも「もう一つのモナ・リザ」があるのを知って、書き始めたら長くなってしまいました。ダ・ビンチ作で、両方とも複数がある絵の謎を追っかけてゆくものであり、別の記事にできにくく、分けられなくなりました。また2012年の日本の同じ展覧会で、上記の絵の両方が出展されたことも、別の記事に分けられない理由です。

ダ・ビンチの複数の絵については、これからさまざまな絵の研究が進んでゆくと、また違う結果が出てくるかもしれません。また私が知りえない他の事実や探求が、これ以外にもあるのかも知りません。同じ作家が描いた同じ構図の絵は他にもあり、これからも探求してみようと思います。




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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
びっくりしました、2012年にこの素晴らしい、謎めいたダ・ビンチの絵画が二点とも展示されたのですね、全然気が付かなくてすごく残念です。二つとも個人蔵なので日本で見られる機会、ましてや海外でもお目にかかる機会がないかもしれませんね。ここで紹介して、違いなどを書いていただいたので、実際見れなくても楽しかったです、これから更なる研究調査で新たなる真実が浮かび上がる可能性があると思うとワクワクしますね、一気にまとめて読めてうれしかったです、Jackさんも大変だったでしょうが楽しかったのではと勝手に想像しています。
Anne
2015/01/16 22:51
Anneさん
Anneさんの言うとうり、この記事を書いていて楽しかったですね。膨大な情報量があり、さまざまな違い意見があり、また私が知らない研究もあるようで、このような記事はまとめるのが大変です。ある程度方向を決め、どれかに偏った書き方になってしまうのは仕方ないですね。

他のアーティストにも面白い裏話や謎めいた事実があります。またダビンチだけとっても、秘密結社のトップだとか、「最後の晩餐」には秘密のメッセージがあるらしいとか、話題はつきません。

また違うアート系統の話題に、そのうちトライしてみようかと思っています。
Jack
2015/01/17 19:00
《最新の調査よると、洗礼者ヨハネを指さしている手は、後から描かれたものだとのことです。》とのことですが、その情報源はどこなのか教えてくださいませんか?
さいちゃん
2015/07/16 15:34
さいちゃん
そのことについては、まだ当方は詳しくありませんのでコメントできません。他の方に問い合わせ願います。
Jack
2015/07/16 18:30
多謝。
さいちゃん
2015/07/18 03:40

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