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zoom RSS シャーロック・ホームズが居たロンドン、ベーカー街221Bはどこ?ーホームズをめぐる話

<<   作成日時 : 2014/06/07 19:20   >>

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イギリスのコナンドイルによって創設された、19世紀後半を舞台とする名探偵「シャーロック・ホームズ」の物語は、今でも根強い人気があり、映画に、テレビ、漫画などに登場します。最近では英BBC放送の現代版シャーロックが次々と紹介され、新旧のシャーロック・ホームズが楽しめています。

さてこのシャーロック・ホームズには、知りたい情報や裏話がたくさんあり、シャーロキアンと呼ばれる人達はよく知っていますが、ここでは、私が知った、普通の人たちが興味ありそうな話題を取り上げてみました。私はシャーロキアンほどではありませんが、ホームズの数多くの小説、関連記事、映画を見聞しており、今の知識の一部をとりあえずまとめることにしました。

私がロンドンを訪れた際に、ベーカー街(Baker Street)の近くに行ったことがあります。なんの変哲もないビルが立ち並ぶ通リで、近くには蝋人形で有名な、マダム・タッソー館(Madame Tussauds)があり、いつも入場する行列が見られます(日本にも東京、お台場にあります)。ここを横目に見ながら、リージェント・パークの花を見てきました。しかしホームズの住んでいたと言われるベーカー街221Bは具体的にどこかわからずじまいで心残りでした。そこで今回調べてみて、わかったことやホームズの雑知識的なことも含めてここに記事にまとめてみました。シャーロキアンの方には少し物足らない、変だなと思う点があるかもしれませんが、ご容赦ください。

ベーカー街221B番地(Baker St.221B)にある博物館のプレート

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★Baker street(ロンドン、ベーカー街)221Bはどこにあったのだろう?

19世紀後半、1881ー1904年の間、名探偵シャーロックホームズとワトソン博士が住んでいたとされる、ベイカーストリート221Bは、ロンドンでも西北のハズレにありました。ベイカーストリートはロンドン市街のハイドパークとリージェントパークの間を南北に走る通リです。ベイカー街は南方で、オックスフォード通リと直角に交わっています。

100年前では、ベイカー街は今より短く、92番地までしかなかったようです。少し前のことでは、アビ・ナショナル・ビルディング・ソサイアティ(金融会社)の高層建物の中にベーカー街217ー231番地が内包され、221Bはこのビルのどこかと言われました。そして、この会社は、ここがホームズゆかりの場所と主張していたそうです。しかしここの番地は現在であり、当時の番地とは違います。小説の当時の221Bは架空の住所であり、ハドソン夫人が古い建物の大家として1階にいて、2階にホームズとワトソンが居たことのイメージとは随分違います。その当時はベーカー街は短く92番地までしかなかった(85番、100番との説もあり)ので221Bはなかったのです。また221BのBはbasement(地下)という説と、1階はAフロアー、2階をBフロアーを表すとの説があります。

さて、シャーロックホームズが住んでいたと主張するアビ・ハウス(Abbey House)は1932年に 完成しました。住所がホームズの221Bを内包するため、アビ・ハウスには世界中からホームズ宛の手紙が届くようになって、返事などを担当する専門の「ホームズ秘書」を設けて対応していました。アビ・ハウスは2002年までアビの本部ビルでしたが、2004年にアビは他社の一部となり、2005年にアビ・ハウスから出てゆきました。さらに2006年にはアビ・ハウスを他の不動産開発のグループに売却しましたが、その後、アビ・ハウスは取り壊されました。その跡地は高級賃貸マンションとなりました。したがってホームズ宛の手紙は、現在はホームズ博物館に届くようです。

現在のベーカーストリート

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ある研究家によると、ホームズが居たとされる221Bは、現在のベイカー街の19、27、31、109、111番地のうちのどれかであり、31番地が221Bに一番近いではないかとの話であり、そこはギフトショップになっています。ホームズの頃は、この付近は閑静な住宅街でしたが、現在では西に市街が広がって、このへんまで繁華街となっていいます。通リも広く、人や交通が多く、商店も立ち並んでいます。実は、この通リはウィリアムベーカーという人が1755年に造ってベイカーストリートになったそうです。また、かって、このベイカー街120番地には、英国で24歳でもっとも若く首相になったウィリアム・ピットが住んでいました。

ロンドン、ベーカーストリート付近の地図



ベーカーストリート地図(スケッチ版)


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★Baker Street近くのホームズのゆかりめぐり

●パブ「シャーロックホームズ」

この近くには、shcerlock holmes hotelの中にある、 pubの「The Sherlock Holmes」があります。このpubの2階には1951年の英国祭に造られたホームズの部屋が移設されています。そこには愛用のヴァイオリン、種々の実験に使った科学器具、パイプ、ステッキ、ホームズの蝋人形などが展示されています。

パブ「シャーロックホームズ」

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2階のホームズの部屋

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●地下鉄「ベーカーストリート」と「モリアティ」のパブ

ベーカーストリートから横に曲がってすぐ近くに、地下鉄ベイカーストリート駅があります。地下の駅内にはホームズの横顔が壁に描いてあります。またホームズを恐れさせたすべての犯罪の元締めのモリアーティ(Moriarth)教授のpubの「Moriarty」が地下鉄ベイカーストリート駅内にありました。そのpubの内部の壁には"Holmes"Elementary Watson, elementary"(初歩的だよ、ワトソン、初歩的さ)の言葉が書かれていて、ホームズの雰囲気を出していました。またいたるところにホームズの愛用帽子をかぶった横顔が描かれていました。残念なことに、いまではもうこのパブはなくなっているようです。

地下鉄「ベーカーストリート駅」とホームズの横顔

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パブ「モリアティ」

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●モリアティのレストラン

ベイカー街近くにあるイタリアンレストランで、モリアティがかってありました。ここはホテルの一部で、中にはDr.Watson roomとの名のバーもありました(今はない)。またかっては地下鉄にはシャーロックホームズ号と呼ばれた機関車があったらしい。ロンドンも時とともに変わり、商売にならないとなると、せっかくの興味深いところもなくなるのは残念です。

●シャーロック・ホームズ博物館

シャーロキアンがたいてい訪れる場所として、シャーロックホームズ博物館が、リージェント・パークの南側の建物の中にあります。

1990年、ある実業家が、ベイカー街239のビルにシャーロック・ホームズ博物館 (The Sherlock Holmes Museum) を造りました。博物館の場所には221Bのプレートが掲げられています。館内には小説どおりに再現された居間があり、物語のなかにいるような気分になります。一階がシャーロック・ホームズ関連グッズのショップになっており、その上階がシャーロック・ホームズの部屋などを模した博物館になっています。

シャーロック・ホームズ博物館。横にはロンドンの警官姿の人がいる。

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221Bのプレートがある。

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シャーロック・ホームズ博物館の案内ページ
http://www.sherlock-holmes.co.uk/translations/japanese.html

★シャーロック・ホームズあれこれ

●ホームズのヴァイオリン:

ホームズのヴァイオリンはあの有名なストラディバリウスであり、これはトテナムコート街のユダヤ人の質屋で、わずか55シリング(3万円)で購入しました。いまでは7000万円?くらいか。ホームズはこの音色の美しい楽器で、メンデルスゾーンや自作の即興曲をよく演奏しました。理性だけでは探偵はだめで、自然や美しい音楽により鋭い感性が磨かれるとの考えらしい。

ホームズのヴァイオリン(シャーロック・ホームズ博物館在)

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●ホームズのかぶっていた帽子:

ホームズはちょっと変わった帽子をかぶっています。これは鹿撃ち帽といい、1860年代から狩猟帽の一種であり、鹿狩りの際に参加した人が被ったものです。ドイルの小説本文には鹿撃ち帽という語は使用されてなく、「彼の耳当ての付いた旅行帽」(his ear-flapped travelling cap)、もしくは「頭にピッタリな布の帽子」(close-fitting cloth cap)と書かれているだけで、ここから当時の小説の挿画担当者が、それは鹿撃ち帽と解釈して描いたのが、一般に定着したものです。また犯罪者という獲物を狩りのように追い駆けてゆく探偵というイメージが当時の挿画担当者の頭にはあったようといわれます。

鹿撃ち帽

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現代版「シャーロック」の主演「ベネディクト・カンバーバッチ」(Benedict Cumberbatch)がかぶる鹿内帽

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●シャーロキアン

数多くの人達がホームズを研究していて、彼らは、イギリスではホームジアン、アメリカや日本ではシャーロキアンと呼ばれます。シャーロキアンの組織は世界中にあるが、1934年にアメリカのニューヨークで設立されたベイカー・ストリート・イレギュラーズが最も古い。イギリスのロンドンにはシャーロック・ホームズ協会が、日本には日本シャーロック・ホームズ・クラブがある。

日本シャーロックホームズ・クラブのHP
http://www5.ocn.ne.jp/~shworld/


イギリス、シャーロックホームズ協会HP
http://www.sherlock-holmes.org.uk/

●ホームズの時代のイギリス:

ホームズが活躍していた当時のイギリスは、ヴィクトリア女王統治時代で、イギリスのもっとも反映していた時代であった。世界中に植民地を持ち、大英帝国を築いていた。19世紀後半のヴィクトリア朝時代は、イギリスが産業革命によって絶頂期をむかえた時代です。 工業化によって多量の商品の原料調達と消費市場に対応するために、 世界を植民地化する政策が必要でした。 ホームズの作品の中にしばしば、南アフリカ、オーストラリア、インドなどからの犯罪者が見られるのはこのためです。軍人も各地に派遣され、現地および帰国後の物語が作品に出てきます。

●ホームズの頃のロンドン:

ロンドンはイギリス産業革命により、急速に発展をとげ、19世紀初めには85万人ほどだった人口が、1899年には700万人にまで増えました。市域も8倍に拡大しました。 金融街の中心であるシティと呼ばれる旧市街地があり、西側のウェストエンド地区が富裕層が住み、東側のイーストエンド地区が貧民層が住み、マイフェアレディの貧しい主人公はここの出身でした。また、石炭を主にした暖房などの燃焼によってスモッグが発生し、ロンドンは有名な「霧の都」というありがたくもないニックネームがつけられました。 シャーロックホームズの映画などの映像では、陰鬱な霧の場面がしばしば見られます。

●作者コナンドイルについて:

シャーロック・ホームズの作者コナン・ドイルはスコットランドのエディンバラ出身で、エディンバラ大学で医学を学び、その後イングランドでシャーロック・ホームズを書いています。私がエディンバラに行った時に、ロンドンのベーカー・ストリートと同様に、エディンバラにもシャーロック・ホームズの銅像が建っていました。銅像の建っている場所は、ドイルの出生地のすぐそばです。その近くには「コナン・ドイル」と名づけられたパブもありました。今年(2014年)9月にスコットランドがイギリスから独立するかどうか決定の投票がありますが、もし独立なら、スコットランド作家のドイルになり、ロンドンで活躍のホームズと違和感が出てきますね。そういう意味ではハリーポッターの作家もスコットランドで同じです。

ベーカー・ストリート駅前のシャーロックホームズ像

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エディンバラのシャーロック・ホームズ像

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パブ・コナンドイル(エディンバラ)

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●ホームズのモデルとなった人物とは:

ホームズの生みの親のドイルの頭に思い起こされたのは、医科大学在学時に出会った師ベル博士でした。この人は風変わりな人物で、奇妙な振る舞い、言動をしましたが、一方、観察と推理の名人でもあり、彼は患者を一見しただけで、その職業や性癖などを見抜き、医術における重要な規範として生徒に教えていました。ドイルはこの恩師のイメージと、少年時代に好きだったポーやガボリオの小説などの影響から、自分なりの名探偵像を創りだしのがシャーロック・ホームズでした。

●スコットランド・ヤードについて:

スコットランドが出てきたのでついでにホームズに関係深いスコットランドヤード(ロンドン警視庁)を思い出しました。ここにはレストレード警部がいて、ホームズにはそれとなく気を使ってくれます。このスコットランドヤードは、1829年にロンドン首都警察が創設された時に始まります。 当初は3000人程だった警察は1899年には16000人程に増強されました。シャーロックホームズの時代は、警察組織がしだいに職業的、本格的な組織形態を持って、その能力も高めていく時代でした。シャーロックホームズはしばしば科学的な知識、実験などで捜査を進めていきますが、警察の捜査もいわゆる「科学的捜査」を確立しつつありました。まだ警察組織がはっきりと確立されていなかった時代、時には探偵のような民間人を使ったりすることもあったそうで、この辺がホームズが活躍できる時代背景があったところです。

旧スコットランドヤード(2代目)

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現在のスコットランドヤードは近代的な高層ビルでハイドパーク近く

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スコットランドヤードの言葉はロンドンにあったスコットランドの宮殿の広場(ヤード)に面して建てられたことに由来します。

注:ロンドンもしだいに変わってきており、この記事の建物、構造物は、今現在と言われると、実際にはないものや変更されたものもあるようですのでご了解ください。

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シャーロックホームズのことをとりとめもなく書いてしまいました。ホームズの話題はまだまだあり、とてもここだけでは無理です。ホームズの活躍してしたロンドンは、今年(2014年)世界で一番魅力的な都市に選ばれています。ロンドンオリンピック以降、街が整備され、不評の料理もかなり良くなってきています。パリは6位に落ち、東京は13位です。ちなみに、2013年はニューヨーク、ロンドン、パリの順で、東京は7位でした。もう一度ゆっくりと、ロンドンのホームズのゆかりのところを訪ねて見たいと思っています。

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
去年ロンドンに観光旅行をしてきたばかりなので、懐かしいです。以前訪れたときよりずっときれいで、観光客に便利なようにかなり設備が改善されていました。食事も昔のようなイメージの悪さはなかったです。ホームズの博物館を訪れましたが、まず狭くてびっくりです、階段の上り下りも大勢の観光客で大変でした。雰囲気は映画で見て想像していた通りで、当時の時代を想像しながら楽しんだのを覚えています。それにしても博物館として愛され続けるホームズの人気もすごいですね。ホームズフアンでなくても一度は訪れてみたい場所かもしれません。
Anne
2014/06/07 23:37
Anneさん
イギリスで有名なミステリーといえばシャーロックホームズとクリスティのポアロですね。今回はホームズに絞って書きましたが、そのうちポアロについても書きたいと思っています。

シャーロキアンといわれる人と話したことがありますが、各小説で出てくる人物、建物、交通機関、会話の内容などよどみなく話が出てきたのには驚きでした。私など足元にもおよびません。何事もマニアになるとすごいですね。

海外旅行も何回か行っているところは、例えばホームズゆかりの場所を訪ねてみるなど工夫すると面白いですね。そういったツアーもあります。また時代背景を知って訪ねるともっと気が付くことがあります。ロンドンを訪問しましたが、時間が不足気味で、心残りがあります。
Jack
2014/06/08 10:18

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